アイリ?
アイリはベットで寝ているトワの傍らに座り手を握っている。
アイリが屋敷までトワを運ぶとギルドマスターが治療術師の男を連れてすぐにやって来た。
「傷の方は問題無い全て治っている。まったく凄い回復力だ」
アイリは俯いていた顔を上げて聞く。
「じゃあトワ様は大丈夫なんですね!」
アイリに少し笑顔が戻るが治療術師が首を横に振るとアイリの顔に悲しみが戻る。
「傷は治っても失った血は戻らん。血の流し過ぎで意識が無いんだ」
アイリは治療術師に詰め寄り、
「トワ様は意識が無いだけなんですね?命に別状は無いんですね?直ぐに目を覚ましますよね?」
と聞くが治療術師は顔を横にそらす。
「正直な所わからない。血を流し過ぎで意識が無いんだ。それが今日、目を覚ますかもしれないし、三日後かそれとも一年後か或はこのまま一生目を覚まさないかもしれない」
アイリの顔が悲しみから絶望に変わった。
アイリは治療術師の襟を掴んで更に詰め寄り、
「何か、何か無いんですか!そうだ、治療術師なんだから回復魔法を使えるでしょ、使ってください!お金ならいくらでも、さしあげますから!」
治療術師に唇を噛みながら悔しそうに首を横に振る。
「街の英雄になら無償でいくらでも回復魔法をかけますよ。でも、回復魔法では血は戻らないんです」
アイリはついに目から大粒の涙を溢れさせた。
部屋には暫く数人の泣き声と鼻を啜る音だけが響いた。
それまで、部屋の入口に立って一切口を挟まなかったギルドマスターが治療術師に、
「血液を増やしたりする薬は無いのか?」
と聞くとアイリは、はっ!と顔を上げ一瞬ギルドマスターを見てから治療術師を見る。
「あります!あります!直ぐに用意します!」
治療術師が急いで自分の鞄をあさり中から薬の入った注射器を取り出した。
この世界になぜ注射器があるのかはわからないがある。
それを腕に刺そうとするが防御力が高過ぎるために全く針が入らない。
「錠剤は飲み込めないと思って注射器にしたが無理だ。入らない。仕方無い、錠剤を飲ませてみる」
今度は錠剤を口に入れようとするが口が固く閉じていて開かない。
「ぐっ!ハアハアハア、駄目だ私の力では開けない。どうするか」
「私がトワ様に飲ませます!」
アイリは息を切らせながら考え込んでいる治療術師から錠剤を貰って口を開けようとする。
「トワ様お願いします口を開けてください」
しかし開かなかった。
そこでアイリは錠剤を自分の口に入れてトワに唇を重ねてトワの唇を自分の舌で舐め口移しをしようとする。
(トワ様お願い口を開いて)
するとトワの口が緩みアイリの口の中に舌が入り込んでくる。
「んっ!んんっ、あっ!」
アイリの甘い声が漏れる。
そこでアイリは錠剤を自分の舌と一緒にトワの口に押し込みそれを飲み込むのを確認して口を離した。
それを見ていたギルドマスターが、
「なかなか熱いものを見せてもらった。これ以上私達には出来ることは無さそうだな。トワが目を覚ましたらギルドに来てくれ今回の礼と報酬を用意しておく」
そこで目線をアイリからベットで寝ている意識が無い俺に向かい深々と頭を下げ、
「本当にありがとう」
そう言って、ギルドマスターは出ていく。
治療術師がいくつかの錠剤を渡しその説明をしてギルドマスターの後に続いて出ていく。
部屋には屋敷の奴隷達が残っていた。
パン!
ここまで、メイドの自分が口を挟んではいけないと考えパーティーメンバーのアイリに任せていたフラウが手を鳴らして自分に視線を集める。
「何時までもそんな顔をしてんじゃ無いよ!
私達が今出来るのは避難するために纏めた荷物を元の場所に片付けてから屋敷の掃除だよ!
ご主人様が目を覚ましたら直ぐ普通に暮らせるようにしておくんだ!
私達は私達が今出来る事をするんだ!わかったら行くよ!」
「「「「はい!」」」」
「よ~し!俺達は旦那がいつ起きても良いように飯の準備だ!」
「「「「おう!」」」」
ガインとフラウ以外は昨日来たばかりの奴隷達だが、自分達の仕えようとしていた主人がこんなことになってショックだった。
それに、話をしたのは少しだが、優しさや人柄の良さがわかりさらにガインやフラウがトワの優しさを話した事で自分達はいい人に仕事が出来ると楽しみだったので凄く悲しみが沸き上がっていた。
アイリとリーネも何か手伝うと言ったがフラウが二人を止めて、
「これは私達の仕事よ。二人の仕事はご主人様の側にいる事」
そう言ってフラウ達は部屋を出て自分達の仕事を始める。
残ったアイリとリーネはベットの横に座りトワの手を二人で握る。
暫くしてからアイリがリーネに話しかける。
「リーネちゃん、少し私とトワ様の話をしよっか」
「良いんですか?出逢いって凄く大事じゃないんですか?」
「うん。大事だよ。でもねリーネちゃんに少しでもトワ様の事を知って欲しいからね」
それを聞いたリーネは頷いてアイリを見つめる。
それを見たアイリが話を始めた。
アイリが住んでいた村には弟と妹が一人ずつと母親がいた。
アイリが5歳の時に父親は森に木の実や薬草を取りに行った時に魔獣に襲われて、まだ小さい子供三人と母親の四人を残して死んでしまった。
村人が助けに行った時には既に遅かったらしい。
アイリはまだ小さかったからその時の事は良く覚えていない。
ただ、村人が運んできてくれた父の変わり果てた姿を見て母が泣いていたのを頭の片隅に覚えている。
父が死んでから母は女手一つで三人を育ててくれた。
アイリは10歳になった時に母を楽させるために冒険者になる覚悟を決める。
アイリは父親が死んでから毎日隠れる事や魔獣の居場所を探る訓練をしていた。
そして時がたちアイリは10歳になった。
冒険者になることを母親に告げると危険だと反対されたが、5歳の時から覚悟をして鍛えてきた事を話して
7歳の弟は二人を守る事を約束して、6歳の妹にあんまし我儘を言って二人を困らせない様にと言い村を出る。
母は最後には笑顔で何時でも帰っておいでと言って送り出してくれた。
それから3年がたちアイリはギルドランクをDまで上げていた。
毎日、依頼をこなしては報酬の殆どを仕送りに回して自分の生活を切り詰める生活をおくっていた。
そんなある日、そろそろ上のランクの依頼を受けようとCランクのグリーンリザードの討伐と同じくCランクのシルバーボアの依頼を受けた。
グリーンリザードは森の水辺に住む2メートル位の緑色の蜥蜴だ。
シルバーボアはグリーンリザードと同じく森の水辺に住む3メートル位の銀色の針の様な毛を全身に纏った猪だ。
更に皆を楽させられると、うかれながら森に向かう。
途中で旅の商人に出会ってアイリのいた村が魔獣に襲われて壊滅したと言う噂話を聞いた。
アイリはその場に崩れ落ちそうになるが単なる噂話だと自分に言い聞かせて、この依頼を完了して報酬を持って一度村に帰ろうと思い足を前に出す。
話を聞いてからアイリは落ち着かず、森につき獲物を見つけても気配を消せず逃げられたり、集中できずに気配がよめず後ろに敵がいることに気が付かず不意討ちを喰らってしまい命からがら街まで逃げた。
ギルドに依頼の失敗を報告して自分の村に急いで戻るがそこで見た光景は悲惨なものだった。
建物は焼け落ちて、知り合いだった人々は魔獣に食い荒らされていた。
そんな村の中を自分の家に急いだ。
家は屋根が無く壁だけが残っていた。
家の入口で弟が死んでいた。
涙を抑えて家の中を見るが家財が散乱しているだけで人の姿は無かった。
もしかしたら逃げられたのかと思った期待は家の裏に回ると打ち砕かれた。
そこには妹を庇うように母親が妹の上に覆い被さり死んでいた。
それを見た瞬間に抑えていた涙が溢れて声を出して泣いた。
暫く泣いた後に母親達を埋葬するために穴を掘れるものを探して家の中に入って色々見ていると封筒の様な物を見つけたがそれを後回しにしてスコップの様な物を見つけた。
穴を掘り母親達を埋葬しているとまた涙が溢れて止まらない。
アイリはこのまま自分もここで死のうかと考えていると、さっき見つけた封筒を開けるとそこにには手紙が入っていた。
母親は魔獣に襲われた時に死ぬ事を覚悟してアイリに対して遺書を書いていた。
アイリはそれを読み始める。
『アイリ、貴女がこれを読んでいるなら私達はもうこの世にはいないのですね。
アイリには昔っからたくさんの事を助けてもらってましたね。
お父さんが死んで私が自暴自棄になっていた時にも貴女は私を気遣い、文句も言わず笑顔で弟や妹の面倒を見てくれてましたね。
遊びたい年頃だったのに貴女の優しさに甘えて任せっきりでしたね。
貴女が冒険者になると行った時に凄く心配でした。
まさか、ずっと訓練をしていたなんて気が付きませんでした。
貴女が冒険者なって度々お金を送ってくれる事が元気で頑張っているんだなと嬉しくなりました。
本当は貴女のお金は使わずに取って置きたかったんですが村で伝染病が蔓延して治療術師に頼んだときに使ってしまって残せませんでしたごめんなさい。
貴女は私達の分まで頑張って生きてください。
素敵な恋をして結婚して子供を産んで幸せな家庭をつくってください。
これからの人生辛い事や悲しい事が沢山あるでしょうでも負けずに頑張って生きてください。
貴女の笑顔で救われる人がいる事を忘れないでください。
頑張って居れば絶対に良い事があります。
諦めないでね。
一つ心残りはこの手で孫を抱っこ出来なかった事ですね。
PS
ダメな母親でごめんなさい。
母より』
アイリは泣いた、涙が枯れるまでなき続けた。
アイリは手紙を握りしめて街に帰った。
次回はアイリが奴隷になってトワとの出会いからをのせるつもりです。
これからもよろしくお願いいたします。