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「召喚魔法は禁忌とされている。召喚魔法を行った者を見つけたら、問答無用で殺す。そういう認識がどこの種族にもある。お前は人間のようだから、性懲りもなく召喚魔法を人間が行ったのかと思った。世界が交わってこちらに来てしまった可能性がないわけではないが……術の規模を考えると、巻き込まれた可能性は否定できないな」
「召喚魔法が禁忌?それなのに行った人がいる?」
聞けば聞くほど面白くない予測にたどり着きそうだった。
落ちてきたのが自然現象だとしたら、同じことが起きる可能性は皆無ではないだろうが、元の世界に戻る確率も低いだろう。原因がはっきり分からないからだ。
対して、召喚魔法に巻き込まれたのなら術者がいるということだろうが、その術者が還す方法を知らなければやっぱり帰れない。……それ以前にこの俺様が私を興味の対象から外してくれるかも問題だが、まあ、それは置いといて。
「なんでそこまで?」
召喚魔法が術者を殺すほどの禁忌だというのがよく分からないので首を傾げると、竜は淡々と事情を説明してくれた。
人と竜の種族との間は仲が悪い。というか、人間は同族以外の種族を迫害する傾向にあるようで、この世界には亜人と言われる人以外の種族が多くいるが、人はその全てといがみ合っているらしい。
「あまりに仲が悪いので、住処を完全に分けて不干渉の約束をしたのだ。数千年前のことになる」
獣人、エルフ、竜にドワーフ。巨人族やら魔族なんていうのもいるそうだが、とにかく人以外は私が今いるこちら側の大陸、カリファに住み、人間はフォージズと呼ばれる大陸に住処を移した。
「広さが分からないので一概に言えないのかもしれないけれど、一対その他全部って、人にずいぶん有利じゃない?文句は出なかったの?」
「長命ゆえに数が少ない種族が多かったから、さほどは。分割したとはいえ、絶対数はこちらが多いからな。カリファ大陸の方が広い上に、人以外は隣人として挨拶を交わす程度の礼儀を持ち合わせた種族ばかり。人は数が多いが短命で、同じ人の中でも争ってばかりいる。どちらかというと、分けるというよりも隔離と言った方が早い」
人という種族に対する強烈な皮肉に、私は苦笑いしか浮かべられなかった。元の世界も似た様なものだから。人という種族しかいなかったけど、今でも争いはなくならないもんね。
人に対する悪しざまなコメントには触れないで、とりあえずごはんに関することを聞いたら、行き来は断絶しているけれど、他種族であることを隠せば人間から食べ物を買うことは可能だし、獣人族の中に人と同じような食生活をしている種族がいることも教えてくれた。
じゃあ、ごはんの方は大丈夫だとして。
「それで、どうして勇者召喚?……もしかして、戦争の道具として?」
「そうだ。人は争ってばかりいたのだが、原因は多くなった人を支えるために多くの土地を必要としたからだ。手を取り合い、知恵を出し合えばさまざまな方法が取れたろうに、互いに傷つけ合った」
その辺りで様々な魔法やら兵器やらが開発されたが、人材も物資も無限にあるわけではない。そこで行われたのが異世界から都合のいい奴隷を無尽蔵に連れてこれる、召喚魔法だった。
「誘拐しておいて、帰りたければこれをやってこいとか、そんな感じ?」
「厚顔無恥もいいところだが、そんな感じだ」
「一応、本当に帰れるの?」
「呼び出した術式による」
何でもいい、誰でもいいという場合はどこから呼び出したか分からないので、帰還不可。能力も十把一絡げで、途中で死ぬことも多かったから、そういう意味でも不遇な人たちだったようだ。
魔力や戦闘能力に特化した人間を呼び寄せる場合は、力も強い代わりに一度に一人しか呼べない。こちらは素養を確認してからの召喚になるので、元に戻そうと思えば戻せる。問題は、国が使い潰す気で召喚しているので、実際に帰った者はほとんどいないという事だった。
時が流れて、情報が流出したり、召喚魔法が使える魔術師が拉致されたりして人の世界に次第に浸透し、当時二十ばかりあった国の半分ほどが召喚魔法を使用して勇者を召喚していたある日、五つの国を事実上支配する宗主国がこう言った。
「人間同士で争っても建設的ではない。人との争いをなくし、もっと平和裏に事を進めようではないか」
戦争回避はいいことだと私は思った。……続く言葉がなければ。
「フォージズ大陸は狭い。故に争いが生まれる。だから外に土地を求めれば良い」
つまりは、皆で足並みそろえてカリファを攻めましょうと言い出した宗主国に、他の国も賛同の意見を出した。
「それで、対人以外用の特別兵器扱いの勇者が召喚されたのだ。数か国の優秀な魔術師が集まって、各国がそれぞれ研究していた新しい支配魔法やら、増幅魔法やら、様々な新しい試みが取り入れられた特別な召喚魔法だったらしい。呼び出された勇者は、支配魔法と『悪い奴を倒したら帰れる』という約束に縛られて戦争を仕掛けてきた」
基本性能が違うので、いくら魔法を駆使して強化された存在とはいえ竜族や魔族が出ればすぐに収束、問題の勇者には、人間が私腹を肥やすためだけに戦争を起こしたこと、数千年前から人間とは断絶しているので迫害も何もないこと、便利かつ高性能の兵器を、国の上層部はおそらく手放すつもりがないこと、呼び出した魔術師が帰還の方法知っているので、誰かを倒さなくても帰れる筈なこと等を教え、更には支配魔法を一部解除して国に帰した。
「嘘かどうか、確認してみるといい。今のお前ならば支配魔法を解除できる。魔法を施した人間の前で引きちぎって見せれば面白いことになるだろう」
そう言ったのは当時の魔族の長。勇者は自分を呼び出した国へ戻ると、すぐさま国の上層部に問いただした。
勇者を呼び出した音頭を取ったのは、件の宗主国。だから勇者の所属……というか、勇者がもたらす利益はまずその国が一番に恩恵に預かることになっていた。
「勇者の支配魔法が切れかかっているのを知らず、その国の王は勇者を侮蔑したらしい。で、勇者は召喚魔法を使える魔術師を残して、いくつかの国を滅ぼした」
「滅ぼしたって……」
余程酷いことをされていたんだろうと簡単に想像がついてしまったけど、一言で済んでしまうその事実が短い言葉なだけに凄まじい。
「復讐と、同類が出ないように召喚魔法を使う国を滅ぼして、召喚魔法を事実上、使えないようにした」
帰還を望んでいた勇者だったが、残していた魔術師は国が滅んだ時点で自害した。おそらくは勇者に対する当てつけだったのだろうが、希望を絶たれた勇者の心の内は想像に絶する。
「勇者は、最後はこちらに渡って来て生涯を終えた。……そう言う事があって以来、こちら側も迷惑をかけられたので種族を超えた通達を出したのだ」
召喚魔法は国ごと使用不可になったのだが、どこかに何かが残っているかもしれない。復活させるのも使用するのも禁止。発覚した段階で殺す。
呼び出された者の扱いはなるべく保護してやってほしいというのが、最後の勇者となった者の願いだったらしい。
「じゃあ、なんであの時、私も巻き込んで魔法を使ったんですか」
「めんどうくさかったから」
本当にダメだこいつ。
私は心の中で吐き捨てた。