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 最初の頃、予想していた通りに扱いは酷かった。


 まず、名前を教えてもらえない。


「主と呼べ」

 ものすごい上から目線で言われたけど、もしかして異世界特有の「真名を知られると支配されてしまう」というテンプレがあるのかもと思って聞いてみたら、その通りで私は泣きたくなった。

 これだけはテンプレじゃなくたって良かったのに。


「自ら真名を私に捧げるとは、なかなか殊勝な心がけ。意識下までの隷属契約にしてやろうかと思っていたが、考えて見れば、それも魔法を使用したものだ。お前には効かなかったかもしれん。ちょうど良かった」

 とか言われたので。


 つまり、名前を告げることで主と私との間である種の契約が成されたことになり、かなり一方的に命令を発したり、居場所を突き止められたり出来るようになるそうだ。いわば、体そのものにGPS付けられたってこと。

 ある程度経って、この世界の一般常識やらお金を手に入れたら逃げ出そうと思っていた私の計画は、早くも崩れたことになる。


 で、さらに酷いことに転移魔法?で連れてこられたのは住処(すみか)だという洞窟の、中ほどにある広場みたいに開けた場所だった。日も射さない暗闇の中、魔法の光が柔らかく全体を照らしているけど、長く居たいような場所じゃない。


「本当にここに住んでいるんですか?」

 雨は凌げるかもしれないけど、風は凌げない寒々しいただの空間だ。天井から水が滴り落ちてくるようなことがないだけマシっていう程度。顔やら態度やらから、絶対君主的に使用人を何人も使って、壮麗なお城みたいなお屋敷に住んでいるとばかり思っていたのだけど。

「このくらいの広さでないと、あちこちぶつけるからな」


 言った途端に体がぶれた。ぐっと広がった黒い影は、首を痛いくらいに傾けないと視界に入らないくらいに大きく……逆だ。近すぎて黒い壁にしか見えなくなった。綺麗に並んだ黒いウロコの一枚が野球のベースくらいの大きさなので、本体の巨大さも分かろうというものだ。

 一歩二歩どころじゃなく、かなり距離を開けてようやくその黒い壁の正体が見えた。


 背中には薄い皮膜の羽が生えた、全身漆黒のその生き物は。


「ドラゴン……」


 異世界落ちしたと分かっていたけど、第一遭遇異世界人が奴隷商人で、その後がコレって……。

 まあ、泣いても現状は変わらないのは、奴隷商人に檻に入れられた段階で経験済みだからやらないけど、異世界落ちしただけで十分運が悪いのに、不運のコンボっていうか連鎖っていうか、いい加減にしてほしい。


 それはそれは立派な、真っ黒い西洋の竜は「人型は、場所はとらないが窮屈だ」と、文字通り羽を伸ばしていて、

「こんな所にいたら、あんたは良くても私は病気になるわー!」

 と主張するつもりが、ある程度の距離を保っていないと、ついうっかりでぷちっと簡単に踏みつぶされる境遇に、思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。


 住居環境の改善を訴える前に、まずは命の保証をしてもらわないといけないじゃないの。ああ、魔法を連発されたから、その前提も怪しいのか。ぷちっ以前に、ぱくっと食べられやしないかな?……でも、それをやるんだったら最初にやっているよね……魔法の威力からして、食べるつもりはなかったんだろう。私以外は消滅しているし。……殺す気は満々だったけど……と、ぐるぐる考えていた私を、竜は面白そうに見下ろしていた。

 爬虫類に表情があるなんて変な感じだけど、これは確実にめずらしいおもちゃを見つけた目だ。


「やはりお前は面白い。ここへ来る時も、腕だけ限定して転移魔法をかけてみたが、無効。範囲を体全体にしても無効。腕を掴んで私の体ごと結界で覆ってようやく成功するとは、そのあたりの法則はぜひとも検証しなければならんな」

「それ、最初で魔法がうまく掛かっていたら……」

「腕だけすっぱり切れていたな」

「…………」

 ……確かにここへ来る前に、何か手間取っていたみたいだったけど、そんな理由か。


 同じ人間だったらまだ話が通じそうだったし、似たような研究者気質の従姉がいるので興味の方向を他に向けるのは慣れたものだったけど、相手は人外、こちらの常識は通じない。さて、なんと言ったらいいのだろう。

 この思い込んだら一直線な感じは、激しくデジャヴなんだけど。



 数年前の出来事に感じるが、実際にはつい先日のこと。

 五歳年上の従姉、春陽(はるひ)がたまたま遊びに来ている日に、弟の敦司(あつし)が半泣きで帰ってきたのだ。友人と幽霊が出ると言う噂の廃病院に行って、本物を見てしまった、追いかけられてマジ怖かったと縋りつかれた。高校生にもなって、男が幽霊怖くて泣くか?と思っていたら、春陽が興味深げな眼を弟に向けた。


「本物?何をもって本物だというの」

「だって真っ暗なのに体の輪郭が光ってたんだよぅー。おまけに歩くって言うより、滑空してくる感じで追っかけられて……。でも、なんとか部屋に閉じ込めて逃げてきたんだ」

 一言抜けてる。「泣いて」逃げてきたんでしょ。


 情けない、本物なんているかと言うかと思ったら、春陽は一味違った。

「どうして一人で帰って来たの。そのまま連れて帰ってくれば良かったのに」

 爛々と目を光らせて、敦司を叱った。

「人型なのよね?男だった?女だった?まあ、どっちでもいいわ。閉じ込めた、ということは実体を持っていたってことだから、実験に使えるじゃないの」

 うきうきと立ち上がると、持ってきた鞄の中からスタンガンを取りだした。

「何でそんなものを持ってんの」

 敦司がどん引きしてる。いや私もどん引きだけど。

「成人女性が夜中まで仕事をしていると、帰り道でどんな目に遭うか予想がつくでしょ。前はタクシーチケットをくれたのに、今は経費節約とかで残業は削られるのに、結果(ノルマ)は求められるのよ」


 春陽は女だてらに理系脳の持ち主で、とある医薬品会社の新薬開発部門に在籍している。変わり者が多いと言っていた職場の中でも、変人認定をされているらしいと聞いた時には、さもありなんと頷いたものだった。

 新薬開発というのは、ものすごく時間と手間暇がかかる。人間に使うものだから、安全性が確認されるまでに臨床実験を繰り返すのだ。最初はマウスから始めるが、ある程度安全性が確認できたら人間にも「実験的な新薬です」と謳って使用し、副作用などの有無を確かめながら大々的に売り出すことになるが、新薬の価格はものすごく高い。

 研究されても売り物になる新薬がごく一部なのと、臨床実験に莫大なお金がかかるので、売り物になった新薬の価格にそのあたりの経費がすべて上乗せされるからだ。よほど効果の高いものが開発されるならともかく、あまり成果が出ないとその種類の開発自体が頓挫することもあるらしく、経費節約はある意味至上命題のようなものだった。


「襲われて怪我程度で済む程度だったら、会社の方針を変えさせる一助になるかもしれないけど、それだけの為に変態の相手をするのは業腹だもの。あと、これはね……」

 ばちばちとスタンガンを放電させながら、ふふふと怪しい微笑みを浮かべる春陽。

「相手が脂肪を着込んだハゲ親父でも効果が薄れないように、出力を上げた特別製でね……」

「ちょ、それ、犯罪……」

「大丈夫、正当防衛になるように気をつけてる。それに私はか弱い女の子だし?」

「か弱い」と「子」は余計だと思う、という突っ込みが私の頭の中にあったし、多分弟も同じことを考えただろう。賢明にも口にしなかったけど。


「さあ、敦司君。私をその幽霊がいたという場所まで案内しなさい。そして捕獲した暁には、幽霊なんだから人権も、倫理も糞喰らえでいいんだものね?新薬の実験台がメインの目的だけど、他にもいろいろ使い道はありそう」

 くすくすとかわいらしく笑う春陽の姿は、まるっきりマッドサイエンティスト。

「全て私のボーナスの肥しになる」と(のたま)う彼女に、逆に幽霊の方が気の毒になったものだった。




 で、現在。私は幽霊の立場だ。それも、マッドサイエンティストに捕まってしまった幽霊。


 あの時は、敦司が泣きを入れて穏便に済ませたのだが、春陽は最後まで……本当に最後まで幽霊を捕まえに行く気だった。手を変え品を変え説得したが、それでも一人でも行くと言い張った所に、

「そもそもスタンガンが通じなかったらどうするつもりなの?相手は人外だ。常識は通用しない。逆に暴力に訴えられたどうするつもりなの?」

 とたたみかけ、

「行った先は有名な心霊スポットだ。幽霊じゃなくて、幽霊目当てのDQNがいたらどうする?幽霊よりもそっちに捕まる方が怖いだろう」

 と続けたら、非力な自覚はあったらしい春陽は、ものすごい葛藤の末に「断腸の思いで諦める」と言った。


 あの時は大げさすぎだと思ったけど、正論を言えば、研究馬鹿でも一応話が通じるんだよ。屁理屈言ってくるかもしれないし、独自の論理を持っているから下手をすれば意固地になるけど、感情論よりも筋道立てて言ってやれば通じる……筈。

 

「……あ」

 思い出した。少なくとも、この男は「水と食料の他に、住む場所と金を与えてやろう」と言った。名前を知られたことが契約になるのならば、口にしたこと言霊によって縛られると言うのもアリなんじゃなかろうか。


 少し考えて、まず話したのはイソップだったかグリムだったか覚えてないけど、金のガチョウの童話だ。

 ガチョウが突然、黄金でできた卵を産むようになったが、一日一個の卵で満足できなくなった飼い主が、ガチョウの腹の中には黄金の塊があるに違いないと、ガチョウを殺してしまう。だが腹の中には何もなくて、ガチョウはただのガチョウだった。一時の欲に駆られて大損することになった、そんな話。


「たった一つ、ほんの少しを奪い合う、欲深い人間らしい話だな」

 それがどうしたと言わんばかりだけど、ドラゴンって一般的にしこたま宝物をため込んでいるんじゃなかったっけ?東洋の竜はともかく、西洋の竜は大概がラスボス、悪の象徴だし。


「人間は、水と食べ物がないと死にます。適当に日光に当たらないと病気で死にます。ちゃんとした環境の住処に住まないと、やっぱり病気になって死にます。精神的に追い詰められても死ぬし、体も綺麗にし保たないとだめです。一時の愉しみの為に私の扱いをいい加減にするのなら、ガチョウみたく殺されずとも、私はすぐに死ぬでしょう。偉大なドラゴンが、まさか人間と同じ轍を踏んだりしないですよね?魂までの隷属なんてしたら、私はどんな手を使ってでもあなたを呪い殺す準備がありますし」


 嘘も方便、はったりだ。何の役にも立たないだろうけど、殺す勢いで呪うことはできる。実験動物で一寸刻みにされるよりは、ぷちっの方がまだマシな終わり方だから、挑発は厭わない。


「水と食料、住む場所と金を与えられた代わりに、私は自分の身に危険が及ばない範囲で、あなたの実験に付き合う。その様な関係は、私の国では『雇用契約を結んだ』といいます」


 私のことを異世界人だと分かっているのかいないのかは知らないけど、自分の常識で話を押し進めた。

 考えてみれば、魔法が効かないのだから怪我や病気になったときにも魔法に頼れず、自己治癒力のみだとしたら。怪我や病気は致命的だから、今ここで安全を確保しておかないと、いずれ私は死ぬ羽目になるのだ。


「約束は契約と同義。まさか破るようなことはしないですよね?」


「──そう騒ぎ立てずとも、分かっている。だが、ここでは暮らせぬ、とは。人はつくづく脆いのだな」


 脆いと分かっていて魔法ぶっ放したくせに。


「わかった。お前の望むとおりに、住む場所を整えようではないか」


 

 初めて男に譲歩をさせた時、勝った!と心の中で快哉を叫んだのだった。 








 長くなりすぎて、説明回が終わりませんでした。

 「全裸?」といった趣旨の感想をいただきましたが、服をちゃんと着ています。

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