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性懲りもなく、こんな話で申し訳ありません。
よくある異世界トリップで、マンホールから異世界落ちしてから、早二年。
本の中ではよくある話ではあったけど、トリップしたばっかりの頃は、なんてひどい所に来たもんだって嘆いてばかりだった。
だって、落ちた先が奴隷商人の商品達が入っている檻の中で。
商品がひとつ増えていることに気が付いた商人たちは、当たり前だけど解放してくれるわけでもなく、仕入れ額ゼロで奴隷が増えたことを喜びつつ、味見と称して手を出そうとしてきたし。
「初めてなんです!ここで手を出したら、商品価値が下がるんじゃないですか」
って叫んで、その時はなんとか事なきを得たけど、テンプレ的な「黒髪は珍しい。闇色なので不吉」っていうので扱いはあまり良くはなかったし、さらには「日本人は幼く見える」というテンプレで、売られる先は子供を愛でる性癖のある変態貴族に決まった。私、二十歳過ぎの社会人なんだけど。
そんなに子供に見えるのに、商人達がその気になったのがおかしいって?……そりゃあ体見られたからだよ。検分と称して服を剥かれてあちこち体触られて、すっかりトラウマになった。
初めてなのは嘘じゃないからその時は大丈夫だったけど、執行猶予されただけ。今度の相手は、チビデブハゲなおっさんで変態ときたもんだ。
どっちがマシ?って、どっちも嫌じゃー!って死ぬ気で脱出路を模索していた時にやって来たのが、今のご主人様だった。
───いや、殺され掛かったんだけれども。
だってね。なんでゲームのスタートにラスボスがいるの?って感じの登場だったから。髪も目も、着ている物も漆黒の美丈夫って外見もそれっぽかったけど、やってる事がものすごかった。
いよいよ変態貴族に引き渡される時、いきなり爆撃されたんだよ。爆撃っていうか、殲滅魔法っていうのかな?爆音と閃光と振動が一度にやって来て、気が付いたらなぜか私だけが一人、巨大クレーターの底で茫然と立ってたから。
取引自体が違法だったのか、なんだか辺鄙な荒野の真ん中って感じの所だったけど、その場にいた奴隷商人も、変態貴族も、その他護衛や使用人、他の奴隷たちも一瞬で蒸発した……らしい。後々になってから最初に放った魔法の種類を聞いたら、そういうことを言っていたので間違いがない。
「……ほう。面白い」
焦土と化した辺り一面に驚いていると、その黒い人影は私のすぐ近くに来ていた。
年齢は二十代後半くらい。細マッチョ体型で、全く女性的な所はないのに「美貌」って言葉が相応しい顔立ちをしている。訳も分からずひれ伏したくなるような威厳もあって、まるっきりテンプレ魔王な感じだった。
日本人の顔立ちとは全然違うけど、黒い髪、黒い瞳は私と同じ。……珍しくて不吉って言われてたのに、何だ、いるじゃんって思って、ハッと気付いた。
もしかして、この人のせい──もしくはこの人の一族のせい──で、黒髪に黒い瞳は不吉って言われてるんじゃない?
この時の私は、まだ現状把握ができていなかったので相手を観察していたんだけど、この人は本当に容赦がなかった。
「全てを焼き尽くす灼熱の炎」とか「押しつぶす大地」とか「引き裂く風」とか、なんか連続でどっかんどっかん私に向かって魔法を放ち、私の周りの大地はどんどん削られていくのに対して、私は無傷なのを楽しそうに見やり。
「……これも無効か」
とか呟いたあとに、右手を空へ、左手を大地へかざして仁王立ちした後に、朗々とした美声でさらに魔法を唱えた。
「──大地の底より生まれいずる混沌、全てを滅ぼす闇の炎。眼前の敵を殲滅せしめよ」
うわーこの人、敵って言ったよ、敵って。おまけに、このポーズ、なに?これ言う時は、こういうポーズしないといけないの?見てるこっちがものすごい恥ずかしいけど。
そんなことを考えているうちに、地面からにじみ出た黒い霧のようなものが体に纏わりついたかと思うと、黒い炎となって燃え上がった。……が、やっぱりこちらには何の害もない。しばらく炎は燃えていたけど、次第に小さくなって消えて行った。
「あのー、さっきからなんで私に攻撃してくるんですかー?」
「そんなもの、目障りだからに決まっている」
おお、暴君発言来ました。今のところ魔法でしか攻撃して来ないけど、腕力で来られたら多分かなわないと思う私は、逃げたらいいのか助けてくれと縋ったらいいか迷った。
「お前、どうして魔法が効かないんだ?」
「……さあ?私も分かりません」
そう答えると「とぼけんのか、ああん?」みたいな眼差しを貰ったので、慌てて続けた。
「私が住んでいた所は魔法がなかったんで、こういうこと自体、初めてなんですよ」
「魔法がない?」
「ええ。魔法がない代わりに、様々な道具を使って生活しているので」
その後、多分異世界から落ちて来た事、気が付いたら奴隷商人の檻の中だったこと、変態貴族に売られるところだったことを話し、請われるままに自分の世界の話をするとようやく納得してくれたらしい。敵意というか、殺気が薄らいだのが分かった。
「……なるほど興味深い。魔力なしでも動く道具か」
「魔力の代わりに電気……雷の力を利用していますけどね」
「……ふむ」
今度は無詠唱の雷の魔法が私にブチ当たった。いや、何ともないけど、これあんまりじゃない?
「……扱いが酷い」
「少しでも魔力を帯びていると、無効になるのか?」
こっちの言うことなんか聞いちゃいないこと証明するように、今度は手が届く距離までやって来て、私の顔をつねった。
流石にこれは必要以上力を入れられる前に、一歩引いて距離を開けたけど、この人本当に自分の興味のあること以外、どうでもいいんだなぁ。
「なぜ逃げる」
「痛いのが好きなのは変態です。私は変態じゃありませんから」
痛いことをされるのが分かっていて避けないのは、Mの人くらいだろう。今までの調子からすると、頬の肉がむしり取られるくらいの勢いでつねろうとしていたと思うし。
変態という言葉で、奴隷として売られるところだったのを思い出したらしく、
「お前はこの先どうするつもりだ?」
そんなことを聞いてきた。
「どうするも、こうするも、とりあえず水と食料と住む場所を探して、お金を稼ぎつつ、最終的には元の世界に帰りたいです」
テンプレ的に何かチートを手に入れていればいいけど、そんなものはなさそうだ。いや、ある意味、魔法が効かないのはチートだけど、そうなれば必然的に私も魔法が使えないと思う。
かろうじて「異世界語翻訳」が付いていたから良かったものの、魔王を倒すとか何か目的を果たしたら帰れるとかのテンプレ展開だったら、召喚魔法の魔法陣のところに出たんだろうけど、そんなことはなかった訳だし、何かの理由でよく分からんうちにこっちに来ちゃったんだったら、もしかして帰る方法はないかもしれない。だけど、はっきりとダメだと分かるまでは希望を持っていたっていいだろう。
それよりも今は、食べ物と水がないとまずいけど。
あ、それよりも、殺気は薄れたけどそこまで親切そうには見えないこの人が、私を見逃してくれるかどうかが第一段階か。
「……では、私のところへ来るがいい」
「は?」
え、なに言ってるんだろう、この人。絶対に親切心で言ってないよね。
「魔法が一切効かない存在なんぞ、目にしたことがない。実験に使ってやる」
再び、うわー、だ。使ってやるときたもんだ。
何様ですかって聞いたら、なんかえらい肩書をあっさり口にしそうではあるけれど、ぼろぼろになるまでこき使われそうで、ものすごく行きたくない。
「水と食料の他に、住む場所と金を与えてやろう」
「行きます」
私はあっさりと前言を撤回した。だって、さすがに飢え死にと渇き死にはしたくない。
「お前の名は?」
名乗る時は自分からって指摘はしなかった。相手は雇い主だからね。
「私の名前は、関口陽菜です。よろしくお願いします」
そうして私は、俺様なご主人様のしもべになったのだった。