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虚の族

2013.1.30 大規模改修完了。

 家に帰ると優しく柔らかい声に迎えられた。


 「おかえりなさい、カンヂ。遅くまで外出してはいけませんよ」


 「う、うるせぇなっ」


 これはホームAIの桜子から、かれこれ100万回ばかり言われている小言なのだが、なぜか今夜はそれがいつも以上に激ウザに感じられた。天井に設置された桜子の目――つまりセンサーから、反射的にエステ――未観を隠すような動作をとってしまった。


 「あのさ、これホームAIだから気にしないで。お腹すいてません?」


 振り向くと、未観は怪訝な面持ちで玄関の中を確認していた。


 「……どうしたの?」


 「この声……いや――」未観は首を振った。「――なんでもない。ちょっと他人の空似声の人を知ってただけ。で、何か言った?」


 「え、ああ、ディナーまだかなあ、と思って」


 「食料なら間に合ってる。あんたが食べたいなら遠慮なくどうぞ」


 リビングに未観を案内する。いきなりフルパワーで作動した空気清浄機を機敏に一瞥してから、彼女は室内を注意深く見渡した。


 「ごめん、その機械、人間に敵意でも抱いているのか知らないけど、俺が近寄ると猛烈に動き出すんだ」


 未観がこちらを見ずに言う。「単に臭いんでしょ」


 ひ、ひどい。その可能性にだけは気づかないように自分をマインドコントロールしていたのに。


 「ところで、なぜエステラの格好をしていたのか教えもらえないか」


 期待を隠して、努めて冷静に続ける。「ひょっとして、OWO世界と現実世界がリンクして、行き来可能になってたりする?」


 未観は不敵な笑みを浮かべ、こころもち低い声で言った。


 「知りたい? この世界が隠してきた秘密を。この深淵を。わたしたちが戦う敵を」


 もちろん。中途半端なところでやめられたら、気になって眠れません。


 「今すぐ直ちに教えてください。もしかして公園で戦ってた敵って、冥界からの使者的なヤヴァイ何かだったりして、未観は悪魔を祓う秘めたる力を宿した一族の末裔で、何代も生まれ変わっては戦い続けてる宿敵で――」


 エステラは苦笑をもらした。


 「ストップ! 逃避的な妄想を語って、それ以上イタい人にならなくていいから」


 未観はソファに腰かけて足を組んだ。


 「OWOはもともとわたしみたいなグレイナーを養成するための訓練用シミュレータ。エリクシールが残った力をかき集めて試みた――最後の賭け」


 「エリクシールって、OWOを制作した、あのエリクシール?」


 「そう。わたしたちグレイナーが仕えている組織の名前」


 「OWOには、もう一つ大きな目的がある。それは同志の抽出。エリクシールは何世紀も前から虚の族の存在に気づいていた。だけど、自然に虚の族から自由になるホストの数はごく少ない。いちど虚の族から自由になったとしても、再び虚の族にとり付かれずにいるのは、とても難しい」 


 事故で死にかけたり生命力が著しく低下すると虚の族が体を離れることがあるのだそうだ。


 「あのゲームをクリアするほどの変人ならば、高確率でアンスラの達人になっているだろうと上の人たちは考えた。そして、その中から選抜してグレイナーにスカウトしようか、と」


 変人とはひどい言われようだが、自分の日頃の行いを思い出して反論する気が失せた。

 未観はソファのせもたれに体を預け、肩をすくめた。


 「ま、連中に先手を打たれてグレイナー候補を何人か失ってしまったわけだけど」


 ニュースを思い出した。「そういえば最近この街でも怪死事件が起きてるけど、もしかして……」


 「そういうこと」未観は簡潔に認めた。「あんたもそろそろ襲われるかもね」


 「あのゲームに習熟したプレイヤーは、グレイナーとしての基本的な素養を身につけることができる。それに敵――つまりオブザーバーの特質や弱点、戦い方についての知識も。当然アンスラも使えるだろうし」


 「アンスラがオブザーバーとの戦いで役に立つのか……」


 だとすれば、俺もOWOのダイスで戦えるってことか。試しに手のひらに意識を集中して武器を出現するように命令してみた。えい、出て来い! そいやっ!


 「聞いてるの?」


 気がつけば、不機嫌そうに未観が睨んでいた。すみません。そう簡単にダイスができるわけないか。 


 「虚の族ってのは、目に見えない幽霊みたいなものか?」


 「正確には6次元の高次宇宙に棲息する生命体のうち、人類の高次宇宙干渉能力をエネルギー源にしている種族のことを虚の族と呼んでいる」


 目に見えないどこか異次元に変な寄生生物がいるってことか。なんかアニメでありそうな設定だな。


 「高次宇宙干渉能力って?」


 「人間にもとから備わっている能力。虚の族は人間にとりついて、その力を“食って”生きている」


 「あのシューマイみたいな化物がとりついているのか」


 「違う。あれは人間の“観測”によって虚の族を複素数空間に固定化した姿。オブザーバーというのは、グレイナーと戦うための組織。虚の族がその核になる人間を操っている。ちなみに、連中の固定化した形は核になった人間の意識が反映されているから、千差万別だ」


 あのオッサンがシューマイの核になった人間だったってわけだよな。どんだけシューマイを意識してたんだよ。


 「人間にそんな能力があったのか」


 「別に不思議ではないでしょ。わたしたち人間の目だって、光子という量子レベルの存在をキャッチできる。だったら、何百万年もの進化の歴史が、素粒子やもっと大きな分子レベルの量子現象をキャッチする神経組織網を体内に形成しうると考える方が自然でしょ。人間の視覚はとても優れたシステムだけど、実のところ自然はもっと大きな贈り物をくれていた」


 「それが高次宇宙干渉能力?」


 未観は顔の前で五本の指先を合わせた。


 「そう。誰でも脳のある部位に、神経性の量子現象増幅システムを備えている。そんなことどこの解剖学や脳生理学の医学書にも書いてないけどね。量子現象は、現代物理学がまだ観測できない6次元高次空間を満たす粒子、“確率子”の相互作用がもたらす影のようなものなの。もっとはっきり言えば、この世の物質の振る舞いも、確率子の属性がもたらした現象に過ぎないのよ」

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