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変身

2013.1.29 大規模改修完了

 首筋を避けて動いていたはずの、サイスの刃先がふらふらと揺れた。つ、つ、つ、と水面を石が跳ねるように、硬いものが首の皮を齧っていった。


 「危なっ、かすった、いまかすった!」


 わめいた直後、ありがたいことにサイスはふっと消えうせた。


 首の無事を確認しながら尋ねる。


 「エステラ、怪我したの?」


 彼女の肩を支えようと手を伸ばすと、彼女はコロス眼で俺を睨んだ。そして浅い息を縫い、ぶつぎりの単語でしゃべる。とても不本意そうに。


 「うるさい。こんな、怪我、すぐ治癒、できる」


 「すごい血が出てるけど」


 当たり前だが、苦しそうだ。


 「ダイス優先。

 徐に列をなし高次空間へ。

 収納――」


 サイスは空に消えた。続いて、


 「徐に列をなし

  過ぎし日に還れ

  ノン・スム・クオリス・エラム」


 エステラの薄金色の髪は黒く変色し、瞳も暗色に転じた。服装までもが、見慣れたOWOのそれから、さっぱりしたTシャツ+ジーンズパンツ姿に変貌した。ついでに服の破れたところに滲んでいた血痕も、消えうせている。


 「ちょ、すごいじゃん。治ったの?」


 エステラがただのエステラっぽい人になってしまったことにちょっとがっかりしたことは伏せておくとして、傷が癒えてくれるのは助かった。シューマイの弾丸が当たったのならば、どこか大きい病院に連れて行かなければならないだろうし。健康保険証とかいうリアルな話になったら厄介だ。


 「あの……」


 弱々しい問いかけを無視して、エステラはシューマイの残りカスっぽい男のそばにしゃがんだ。そして、おもむろに虚空から手のひらに何かを取り出した。それを男の額に張りつけ、立ち上がる。そして、小声でダイスを発動した。


 「徐に列をなし

 漂い浮かびつつ

 離れしかの地へ

 転移!」


 その瞬間、男はコマ落とし画像のように横にずれた。額のシールのようなものが消えている以外に変わったところは見当たらない。


 エステラは手のひらを男にかざし、納得したかのようにうなづいた。


 これでもう地べたに伸びている男には興味を失ったらしい。エステラは無言のまま、探るようにこちらをみつめた。そして、平板だが鋭い声音で詰問した。


 「あんた何者。どうして粗視化空間で動けた。白状しなさい、殺すわよ」


 背筋を戦慄が走った。エステラの外見が少し変わっただけで、もうさっきまで俺を動かしてくれていたナチュラルハイがどこかに消失してしまっていた。目の前にいる少女はエステラに似てはいるが、学校にもいそうなごく普通の少女だ。


 ぼっち魂がムクムクと頭をもたげ、視線は泳ぎ、口の中が乾いた。さっきはサイスを首筋に当てられていたのに、よくあんな軽口を叩けたものだと、我ながら感心する。


 「何とか言ったらどう?」


 「え、ああっと、わかりません。すみません」


 不思議なことに、こんなことも聞かれた。


 「それじゃあ、最近死にかけたことはある? プールで溺れたとか、高圧電線に触れたとか」


 「いや……」


 ついさっき君のせいで死にかけた気がしますがね! 


 エステラは片手にぶらさげているナーヴメットを一瞥した。


 「ふん、あんたOWOのプレイヤーってわけね」


 「ええ」


 「腕前は?」


 「けっこうやりこんでますけど。いちおうクリアしたし」といくぶん胸を張って答えた。OWOの話になると、なぜか勇気が湧いてくる気がした。


 「ふうん。そのぶんならアンスラも早いわね。あんたならひょっとしたら――。ちょっとわたしにつきあいなさい。とりあえず拒否するなら殺すから」


 殺すとか脅さなくてもいいのに。エステラってこんなに攻撃的なキャラ設定だったかな。


 「拒否なんてしないけど、あの、さっきまでの姿、エステラだよね。今の姿が本当の姿なの?」


 俺を一瞥しただけで、エステラは黙っている。迷って、そして意を決したように名を告げた。


 「わたしの名は廣瀬未観よこせみかん。未観って呼んでいい。ちなみにエステラっていうのは、わたしをモデルにしたOWOのキャラクター」


 「ミカン? エステラじゃなくて?」


 どういうこと、OWOのモデルって。


 エステラは周囲に鋭い視線を走らせ、さっさと歩き出した。


 「ここは奴らに探知されている。とりあえずこの公園から離れる」


 どこに行くつもりなんだろう。いちかばちか逆提案を試みる。


 「あ、そのー。とりあえずうちに来ていいですよ親いないから。疲れてるでしょ、うちで洗濯とかしてあげますから、その代わり風呂でお背中流しましょうか」


 未観は不思議そうに俺を見つめる。


 「その交換条件だと、なにげにそっちしか得してない気もするけど……」


 安心させるためにすかさず言う。


 「大丈夫、邪な考えなど素粒子レベルですら存在してませんから。だからうちに来ても安心ですよ」


 未観の冷静さがほころびをみせた。


 「ちょっと待って。あんたどうしてそんなに親切なの。普通、いきなりあんなバケモノ見たら腰抜かして当たり前なのに。それにわたしを見て嫌いじゃないの? 憎らしいでしょ?」


 今度は俺がポカーンとする番だった。


 「キライ? ニクイ?」


 それらの言葉の意味が一瞬飛んで、思わずカタコトになってしまった。変身? を解いたとはいえ、未だどう考えても未観は美少女だ。つまり完全に勝ち組だ。嫌いとか憎いとか、そういう語彙とは一生無縁に決まってるのに。


 単純に意味がわからずに質問した。


 「どうしてそんなことを?」


 未観は怒ったように、でもいくらか寂しそうに視線をそらせた。


 「……わたしのことを嫌わない人なんかいない」


 そんな馬鹿な。え、冗談なのそれ。だとしたらセンスないなあ未観。いや、ちょっと冷静になれ。普通の人なら、公園でいきなり死ぬか生きるかの戦いに投げこまれたらそりゃ迷惑だよな。巻き込まれた一般人が未観に感謝するわけがないだろう。そういう意味か。


 「俺は嫌わないよ」


 未観は大きく目を瞠った。


 そんなに驚愕することか? むしろ、オラわくわくすっぞ! って気持ちの方が大きいくらいなんですけど。


 「……そ……うなの。わかった、あんたのうちに案内して。いろいろ説明するから」 


 「こっちです」


 彼女の気が変わらないうちに、いざ、自宅へ。未観と俺は公園を引き揚げた。



 

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