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――ぼっちゲーマー卒業するんだ……

2013.1.27 大規模改修完了

 タッタツタカツタタタタツカツカー♪


 ゲームの勝利条件をクリアしたことを、軽妙なファンファーレが高らかに宣言した。そして流れ落ちるスタッフロール。ごくあっさりしたエンディングだった。


 最近のゲームなら――少なくともこの十倍は壮麗なムービーとサウンドで、クリア後の達成感をこれでもかと刺激してくれるものだと思うのだが……このゲームの制作スタッフの感性は相変わらずよくわからない。


 あるゲーム評論家はこう言ったそうだ。


 「このゲームに習熟することだけが重要で、一般的なユーザーの満足感は重視していないかのようだ」


 確かにその通りかもしれない。


 「こーいう変な癖がなければこのゲーム、もっとユーザー数稼げただろうになあ」


 ユーザーが大勢いた方が良いわけでは決してないのだが。俺は基本ソロ行動だし、一人で俺TUEE!するの大好きだし。まあ、ぼっちスキルが高い俺みたいのは、パーティー組んで戦う場面で苦労するわけだが。


 ヘッドマウントディスプレイ一体型のヘルメットを額にずらし、疲れた目を指の腹で押した。じりじりと心地よい刺激が眼球に染み渡る。


 「さて、と」


 ディスプレイを再び目もとまでずり下ろすと、おもむろにメニュー画面を開いてセーブデータの物色を開始した。


 「どこから再開しよっかなー」


 ……いや、ゲームクリアしたよ、一応。でも、やめれますかって、こんな面白いゲームを。一度クリアしたくらいでこのゲームのプレイが終わった、遊びつくしたなどと考えてもらっては困る。まだまだプレイしますよ。


 まあ、考えてもみてごらんよ。ゲーマー卒業したところで、ただのぼっちにジョブチェンジするだけじゃん。ただのぼっちには興味ありません。


 ところで、このゲームの説明をさらっとしてみますか。


 オルタナティヴ・ワールド・オンライン――略してOWOは、超カッティング・エッジなマン-マシンインターフェースを備えた大型VRゲームだ。ネーミングからして伝統的なVRMMO-RPGの体裁をとってはいるが、実はこのゲームのユーザーのほとんどは、このゲームのインターフェースが目当てでプレイしているようなものだ。


 市販品の非接触型神経軸索パルス誘導ヘルメット(通称ナーヴメット)で3+1感VR環境を実現。それだけでも画期的なのだが、なんと課金なしで遊び放題。しかも広告が入るわけでもない。


 じゃーどうやってOWOのサプライヤーは稼いでんの? と問われれば、「知らん」としか言えない。サーバーの維持費だけでも莫大な経費がかかっているはずなのだがな。そのうえ不具合には精力的に修正パッチが当てられており、今や完成度はタダゲームとは思えない水準に達している。……まあ、サウンド関係はしばしば壊滅的なのだが。消費者のサウンドクオリティーへの要求が厳しくなっている昨今、それはどうなの、とは誰でも思うだろう。


 とはいえ、さっき言ったように、ユーザーの多くがVRインターフェースフェチなためか、サウンドに関してはさして問題視はされていない。戦闘シーンやイベント時のSEサウンドエフェクトは業界水準だし、俺的にも文句はない。

 公平に考えて、無料という利点とバランスをとろうとすれば、OWOにはもっととんでもない欠陥があっても良いくらいなのだから。


 ちなみにこのOWO、オープンβ版の参加者募集広告が出たときには、ネット上でちょっとした騒ぎになった。当初の大騒ぎは次第に収まり、今ではMMOを名乗るのがおこがましいほど、マッシブリーに参加者が集まることのない過疎ゲーと化している。


 過疎るだけなら、悲しいことに十分原因を理解できる。OWOにはインターフェースの斬新性以外にはこれといって奇特な要素があるわけでも、エロ要素があるわけでもないのに、不思議なほど大人に叩かれていたりする。


 マスコミはもちろんOWOを親の仇のようにボロクソに言っているし、地上波ニュースでOWOがトリガーになったと言わんばかりに最近起こった殺傷事件をとりあげることなど日常茶飯事だ。


 それら批判の論調は、どうも感情的でわけがわからないもので、俺には「嫌いだから嫌い」だと言っているのと何も変わらないように思える。


 こんなに面白いゲームなのに。意味わからん。


 ところで、OWOの開発から配布までを一手に担う会社(そうだ、確か“エリクシール”とかいう)が、金にもならないボランティアみたいなビジネスをはじめた理由はOWOwikiにも記載がない。まったく、この世にはおかしな会社もあったものだ。


 「さあて、第1章のマクガイバーの泉から始めるか」


 ここでのイベント、”チョコレートは苛性ソーダの味”で手に入る薬品が、エステラ・ルートの必須アイテムなのだ。


 切ない憧れと欲望がこもった声でつぶやいた。


 「ああ、エステラぁ」


 エステラの文字を女神様、と置き換えてもいい。あの清楚でスレンダーでお上品で淡い金髪でサラサラストレートで変に頑なで意外と音痴で大食で、知性とちょっとばかりの天然性を具有した極上の美少女を女神と例えずして、何に例えられよう。いや、例えられない。などと反語表現をむやみに多用したくなるくらい、エステラはマーベラスにビューチフルなのだ。


 もちろんディスプレイの背景テーマは、エステラ・デ・シュフィワーツシュミーデ様の勇ましきお姿。


 彼女の躍動する剣技をぼんやりと目で追う。エステラの胸元は、まるで高度な流体力学を駆使した専用アルゴリズムで計算したかのように、自然な揺れを示している。他のほとんどのアクションRPGでもそうであるように、乳揺れのたゆたゆ性再現には制作側の異様な熱意が込められている。


 ――率直に言って、彼女のその部分はさして大きくはないから、せっかくのアルゴリズムもさして必要性はないわけだが。


 「へへ……」 


 ナーヴメットからのぞく顔の下半分は、さぞ気持ち悪くニヤケていたことだろう。自分ではそれを確認する術がなくて幸いである。いや、鏡という名の道具は手を伸ばせば届くところにあるが、なかったことにしておこう。わざわざ心を鞭打つ必要もあるまい。


 そのとき、ポヤンという気の抜けた音の後に、柔らかな大人の女性の声が聞こえた。声の主はホームAIの桜子だ。視界にポップアップした、優しそうなアバターが軽く会釈した。

 『カンヂ、お夕食の時間ですよ。今日のメニューは和食セットwith白身魚フライです。880キロカロリー――』


 「わかったわかった」


 ホームAIのアバターからフキダシに乗って現われた、湯気の立つ夕食の動画が掻き消える。それがやけに美味しそうなのは、動画の中だけだと知っていた。それに、桜子にわざわざ教えられるまでもなく、昼飯のあと電子レンジにそれ入れたの俺だし。


 ところでカンヂというのはもちろん俺の名前。坂江完司さかえかんじ。ごく普通の高校生だ。全国の男子高校生のモンタージュから合成した平均顔を想像してほしい――はい、その顔です。次にその顔の持ち主から、若者らしい覇気と社会への適応性を除去、ゲームへの情熱を加え勉学への熱意を取り去ると、あら俺じゃんか。


 ……さて自虐はこのくらいにしてメシにしますか。


 とりあえずナーヴメットをゲーム集中デスク(俗世に悠々と適応しているリア充どもは、これを勉強机と呼ぶらしい)に置き、食料を摂取しにリビングに向かう。


 階段を半ばほど降りたとき、事前に環境設定された通りに、自動でリビングの明りが灯り、テレビも賑やかな音を撒き散らしはじめた。親父はもう何ヶ月も帰ってきていないから、一人の食事だ。母親はいない。まあ、父子家庭ってやつだ。


 リビングに置かれたスマートテレビの一角から、桜子が笑顔を向けていた。もう覚えていない幼い頃から、見慣れたアバター。実は桜子のことを、小学生の頃までは「お母さん」と呼んでいたとかいなかったとか。……まあ正直、呼んでいたのだが。


 お母さんだって?


 「……はっ、どこが。うぜぇんだよAIのくせに。俺にプライバシーはないのか!」


 我が事ながら、どーしようもない中二病患者のような独り言を口走ると、タルタルソースまみれの白身魚フライに猛然とかぶりついた。


 そんな夕食のひとときを、桜子が微笑みを浮かべて見つめていた。これが、いつも変わらぬ坂江家の団欒であった。

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