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第07話 泣き虫Boy[7] 大好きだよ

「お母さん……」

 みーやんのお母さんは、買い物袋のようなものを床に落として呆然と佇んでいた。妙な沈黙がしばらく続く。背中には、まだまだ小さい、彼の弟が背負われながらスヤスヤと眠っている。

 だけど、みーやんは一歩も動けずにいた。震えている。きっと、精神状態が不安定な頃のお母さんにされたことをいろいろ思い出してるんだろう。そんなことを考えていた時だった。

 勢いよく走ってきたと思ったら、お母さんは思い切りみーやんを抱き締めていた。

「亮平……亮平……ゴメンね、ゴメンね……」

 お母さんは声を震わせてみーやんをしっかりと抱き締める。みーやんは何が起きたのかわからない様子で、目をぱちくりさせている。お母さんは何度も何度も、彼の名前を呼んで抱き締め続ける。

 ようやく理解したのか、みーやんがお母さんを抱き締めて大声で泣き始めた。何度も何度も、お母さん、お母さんと叫びながら。

 そのふたりの泣き声に刺激されてか、背負われていた弟くんも泣き始める。みーやんが愛おしそうに弟くんを見ている。

「亮平……。祐平も、会えて嬉しいよって」

「祐平……」

 ワァワァ泣いている祐平くんをお母さんが降ろし、みーやんに抱かせる。途端に泣いていた祐平くんが、泣きやんだ。

 みーやんはそっと祐平くんを抱き、頬を摺り寄せた。ムズムズと口を動かし、再び眠りに落ちる祐平くん。彼を見つめるみーやんの目は、弓なりになっていた。

 そこで私は違和感に気づいた。

 いつの間にか、お母さんとみーやん、祐平くんだけの世界になっている。なんだか私が、初めからいなかったような、そんな不思議な感じ。だけど、私はまだここにいる。それだけははっきりとわかるのに、なんだろう。この感じは。

 不安になって、そばにあったソファに触れてみる。大丈夫。感触はある。けれど、違和感はそれだけじゃなかった。

 みーやんやお母さんの話す言葉が聞こえなくなった。

 なんで? なんで?

 私は怖くなった。意味がわからない。何が起きたの……?

 嬉しそうに笑うみーやんとお母さん。台所に向かい、私なんて初めからいなかったみたいな様子で話し込んでいる。

 私……どうなるの?

 不安に思っていたときだった。不意にみーやんがこっちを見た。その視線は、少し寂しそうだった。

 トコトコと可愛らしく駆け寄ってきて、私の前に立つ。

「お姉さん、座って」

 みーやんがそういうので、私はその場で座る。みーやんが耳打ちした。

「お姉さんのおかげだよ」

「え?」

「俺、勇気振り絞って家に帰ってこれた。お母さんも、本当は俺を早く迎えに行きたかったんだって。だけど、俺がお母さんを嫌がるような目をするから、なんとなくやりにくかったんだって」

 そうなんだ……。

「で、今日お出かけしたでしょ? そのとき、おばさんが俺が出かけたことをどうも家出したとか、そんな風に言ったみたい」

 あのおばさん、やるなぁ。それでお母さんの気持ちを焦らせたってわけか。

「お母さん、もう、大丈夫だって。まだちょっと……前ほどじゃないけど、俺に心配かけるかもとか言ってたけど、もう大丈夫だよ」

 みーやんの目を見た。それを見て私も思った。もう、大丈夫だ。

「俺がお母さんのお手伝いして、頑張るから」

「……うん」

 そして、その時は来た。

 急に眠気が襲ってくるような、不思議な倦怠感を催してきた。私はそのまま崩れ落ちるように床に寝転んでしまう。

 みーやんが傍に寄り添って、ずっと私の頬を撫でてくれている。

「私……どうなるの……?」

 少しだけの恐怖感が私を焦らせる。みーやんが言った。

「また、会えるよ」

「……。」

「大好きだよ、お姉さん」

 その言葉を聞き終えると同時に、私の意識は飛んでいった。



「……。」

 誰?

 誰よ。揺すりすぎ……。

「!」

「なぁって」

 目を覚ますと、そこは学校の廊下だった。

「あ……れ?」

 うそ。だってさっきまで私……。

「大丈夫?」

 顔を上げると、目の前には制服を着たみーやんがいた。

「あれ? 私……」

 みーやんがクスッと笑う。

「ビックリしたよ。待ち合わせ時間にちょっと遅れたから焦って行ったら、ここで倒れてるんだもん。病気かと思った」

「……。」

「けど、抱き起こしたら寝息聞こえるからさぁ。なぁんだって思った。由美らしいや」

 みーやんは私と二人きりのときは私のことを由美と呼んでくれる。

「あれ……なんだったんだろ」

 私が眠りこけていた場所は、あの昔亭があるはずの教室の前だった。だけど、もう昔亭はない。

「ねぇ……今年の文化祭で、2年生、なんか……昔亭とかいう、そういう模擬店、出してる?」

「え? 何それ」

 みーやんはキョトンとした様子でそう答えた。

「ううん……なんでもない」

 きっと、あれは夢だったんだ。そうだよ。考えてもみれば、タイムスリップみたいなことして、昔のみーやんに会えるとかそんなの、ありえない。

「あのさ」

 みーやんが言った。

「今日なんだけど……俺の両親来るんだ。ちょっと……紹介したいな」

 え!? お父さん、お母さん!? うわぁ! 私、紹介されるの!?

「ちょ、ちょっと緊張するけど、嬉しい!」

「会ってくれる?」

「もちろん! あ、そうだ。ねぇ、弟の祐平くんは来るの?」

「……。」

 みーやんは驚いた様子でキョトンとしていた。

「どうしたの?」

「いや……不思議だなぁって思って」

「何が?」

「いや……」

 次のみーやんの言葉が、私の胸にはずっと残ってる。

「弟も、まだ紹介したことないのに、彼女いるんだって言ったら、その人、由美子って言わない?とか言うし。それに今だって。俺、由美に弟いるとは言ったけど、名前まで言ってないのにさ、由美、弟の名前当てちゃうし。ふたりとも、どっかで会った?」

 そうだ……。思い出した。

 私、まだみーやんの弟――祐平くんとは、一度も会ったことがない。だけど、祐平くんも私の名前を知っている。


 どっかで会った?


 会っているとすれば……祐平くんが生まれたばかりの、あの時……。


 なんてね。


「やだなぁ! そんなの、2年生の子から聞いたら簡単じゃない!」

「え……あぁ、そっか」

 みーやんはそれですぐに納得した。なんで祐平くんが私の名前を知っていたのかはもう、気にしていないみたいだった。

「ねぇ! まだまだ時間あるから、模擬店いっぱい回ろう!」

「うん!」

 私とみーやんは手を繋ぐ。あの時よりずっと、大きくなった彼の手を引いて私は走り出した。








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