第05話 泣き虫Boy[5] 僕は、帰りたい
「ただいま帰りました」
私とみーやんの声に、おばさんがすぐに玄関までやって来た。
「おかえりなさい! どうだった? 楽しかった?」
「うん! すっごく楽しかった~!」
「そう! よかったわねぇ。そうだ、亮平くん。お風呂沸かしてあるの。随分遊んだだろうし、お風呂入ってくる?」
「うん! 入る、入る!」
みーやんはすぐにトテトテと家の中に入り、荷物を置いて脱衣場に向かった。
「ありがとうございました、今日は」
みーやんがお風呂に入ったのを確認すると、おばさんが深々とお辞儀をした。
「いえいえ! 私もディズニーランド行きたかったですし、久しぶりに遊んでリフレッシュできました。ありがとうございました」
私もお礼を言う。これは本当だ。ディズニーランドなんて中学生以来行っていなかったからなぁ。
「どうぞ、座って」
おばさんがお茶を用意してくれた。ここはお言葉に甘えておこうかな。
「いただきます」
私がお茶を飲み、少し落ち着いたのを見計らっておばさんが言った。
「あの子……様子、どうでした?」
「え?」
「たとえば……その……」
言いづらそうにしているおばさん。私も、なんとなく言わんとすることはわかったけれど、私がそれを口にするのはかなり抵抗がある。ここは、おばさんが言うのを待つことにした。
「泣くとか……わめいたり、とか……」
「……少し、泣きました」
「……そう」
おばさんが寂しそうな表情をする。
「私ね。今日、宮部さんが来てくれて……いいえ。昨日からかしらね。あ、ゴメンなさいね。急にこんな話」
「いえ……」
今さら、もう何を聞いても驚かない。まさか、みーやんのお母さんが育児ノイローゼだなんていう事実を聞かされるとは思っていなかった。私、もっとこう……楽しいタイムスリップがよかったんだけど。タイミング悪かったかな。
「あの子、よく笑うようになったの。それも突然」
「笑う……」
「あの子の笑顔、見たの本当に久しぶりでね。なんていうのかしら。本当に慕える人がいるっていうのは、やっぱり大きいのよね」
おばさんがお茶をすすった。
「別にね。私たち、亮平くんを邪険にすることなんてないのよ」
それはわかる。だって、そこに並んでいるご飯を見ればわかる。私が聞いたことのある、みーやんの好きなメニューが並んでいた。
「でも、亮平くんはどこかで私たちに遠慮しているの。最初は遠慮なんていらないのよって何度も言ったけど、やっぱりどこか遠慮するの。なんでかなって考えたら……その延長線上に姉さん……あ、ゴメンなさい。わかんないわよね。亮平くんのお母さんね」
お姉さんとすんなり言ってしまうあたり、おばさんもお姉さんのことをすごく気に掛けているんだろう。それはもう、ヒシヒシと伝わってきた。
「姉さんのことを、どこかで……頭の片隅で考えているんだろうなって思うの。育児ノイローゼで姉さん、亮平くんにキツく当たって、亮平くんは決して言わないけど、叩かれたこともあるみたい。痣ができてたこともあった。けど、ノイローゼだったから……特にお咎めもなかった。あったらおかしいわよね。それに……」
「それに?」
「亮平くんも絶対に言わなかったの。お母さんがやったって」
「……。」
あの純粋な輝きを放つ瞳が私の頭の中で再生される。
「きっと……あの子、お母さんのところへ早く帰りたい。ずっとそう思ってると思うの。わかるのよ。表情がやっぱり、どこか寂しげで。当たり前よね。まだ……小学生だもの。お母さんの愛情が必要よね……」
(弟やお母さんが元気になれるなら、俺なんでも我慢する! ディズニーランドも、ソフトクリームも、お母さんがまた料理作ってくれるまで、わがまま言わない! そう決めたんだ! 弟が元気に育って、俺とキャッチボールできるまで俺絶対泣かない! そう決めてるんだ……だから……)
みーやんの訴えが私の脳裏をグルグルと巡っていく。本当に気遣いのできる子だ。私はそれに惹かれ、今のみーやんに恋をしているんだから。
その日の晩は遅くなったこともあり、おばさんに言われるがままおうちに泊めてもらうことになった。もちろん、家へ連絡(したふり。だって、いま私の家には小学生の私がいるからね……)をして、許可を得た(ことにして)から大丈夫。
疲れたのか、みーやんはスゥスゥと可愛い寝息を立てている。この子はいま、どんな夢を見ているんだろう。
「……。」
少しでも、本来のみーやんに戻してあげたい。私はそう思った。
「……おばさん」
私は意を決して、こう言った。
「明日、亮平くんのお母さんに会いにいってもいいですか?」
私の一世一代の行動が、始まろうとしている。