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第04話 泣き虫Boy[4] ソフトクリーム



「まもなく、舞浜~、舞浜~」

 聞き慣れた駅名に私はすぐさま反応した。間違いなく、TDLの最寄り駅だ。

「亮平くん! もうすぐ着くよ」

「本当!?」

 うわぁ~! 眩しい! ヤバいよ。超キラキラ笑顔じゃない! んもー、これ以上私のハート掴まないでほしいな!

「ねぇ、着いたら何に乗る!?」

 何がいいって言うかな。みーやん、絶叫系とか好きかなぁ。スプラッシュ・マウンテンなんか楽しいと思うけどなぁ!

 けど。

 みーやんの口から出た言葉は、ごくごく普通の、いや、このTDLに来て真っ先に言うような言葉じゃなかった。


「ソフトクリームが食べたい」


 え?

「ソ、ソフトクリーム?」

 コクリとうなずくみーやん。どうやら、私の聞き間違いではなかったみたい。

 とりあえず、乗り物とかそっちのけで私たちはショップでソフトクリームを買った。それから、ソフトクリームが溶けちゃうとマズいので、日陰のベンチに座って私たちはソフトクリームを食べ始めた。

「おいしい?」

「うん!」

 みーやんははにかみながら答えてくれた。私、その笑顔を見れただけでも十分だけどね。

 周囲の雑踏や歓声を聞きながら、私たちは特に会話するでもなくソフトクリームを食べ続ける。不意にみーやんが言った。

「お姉さん」

 お姉さん。ホントの……っていうのも変だけど、ホントのみーやんにお姉さんなんて言われたことないのに。なんか笑っちゃいそう。

 ううん。笑っちゃダメ。

「なぁに?」

「ゴメンね。お姉さん、きっと何か乗り物乗りたいよね」

 乗りたいか乗りたくないかって言えば、乗りたいけど。みーやんほったらかしてそんなことできないしね。

「ううん。大丈夫。どうしてそう思うの?」

「……ううん」

 そのときの表情に私はドキッとした。なんだろう。この表情……。

「なんでもない」

 どうして?

 なんでこの子はこんなに()()に気を遣うの?

「なんでもないことないでしょー!」

 私はみーやんの頬を引っ張った。

「や、やめてよ!」

 みーやんが真っ赤になる。でもそんな程度じゃやめてあげなーい。

「ねぇねぇ、じゃあお姉さんに教えてよ」

「何を?」

「なんでソフトクリーム一番に食べたかったの? 乗り物に乗ればいいのに~」

 みーやんが恥ずかしそうにしながら言った。俯き加減で。

「か……」

 か?

「家族で……来た時……弟生まれる前だけど……お父さんとお母さんと、来た時、いっつも、ソフトクリーム一番に買ってもらって、食べてたから……」

 そっか……。

「お母さんね。病気なんだって」

「……。」

 聞いたわけでもないのに、みーやんは訥々と言い始めた。

「よくわかんない名前なんだけど。弟が生まれてからちょっとしてから、おかしくなった」

 子供でもわかるほどに、みーやんのお母さんは追い詰められたのだろうか。私は実際の様子を、荒れた家の様子しか見ていないから、はっきりとは言えないけれど。

「俺にも……叩いたり、怒ったりすること増えて。家汚れて。お父さん、出張とか多くて、家にいないこと多くて……だからかな。お母さん、余計にイライラしちゃって」

 表情が、強ばる。

「本当はこうやって、ディズニーランド来たかった。3人だけでよかったのに。弟なんて……弟なんて……」

 涙を堪えてる。

 なんで? みーやんはまだ……子供だよ? もっと甘えていいんだよ。

 不意に、出会ったときのみーやんの表情が蘇った。


「お姉ちゃん……何か、用?」


 あの目は、大人を信じていない目だった。信じていないというか、信じ切れないというか。この人は大丈夫なんだろうか。そんな風に、選別するような。

 言葉にならないような表情だった。感情を抑え込んでる。そんな。

 きっと、みーやんがワガママを言ったりしてもそれが通るような家庭環境じゃないんだろう。泣きたくても笑いたくても、それが許されないような環境。それが、みーやんの本来の姿を変えていった。

「だから」

 ハッと私は意識を戻した。

「ソフトクリーム食べることから……始めたかった」

「……そっか」

 私はさっきの言葉が引っ掛かった。

「ねぇ。亮平くん」

「何?」

「さっき……」

 この言葉を言おうとした瞬間から、鼓動が激しくなる。けど、確かめたかった。

「弟……なんかって言ったよね?」

 みーやんがコクリとうなずく。

「いらない?」

 驚いたようにみーやんが顔を上げた。

「いらないかな。そうだよね。弟、いなかったら……お母さん、病気にならなかったよね。みーやんも、ずっと楽しくディズニーランドとかに遊びに来れたよね」

「ち」

「じゃあ、私が弟をもらっちゃおうかなぁ」

「ダメ!」

「……。」

 その目が潤んでいた。

「俺、弟もお母さんも好きなんだ! だから、絶対誰かに上げるとかそんなのできない!」

 次々とみーやんの口から彼の本音が出てきた。あっという間に、爆発したような感じで。

「弟やお母さんが元気になれるなら、俺なんでも我慢する! ディズニーランドも、ソフトクリームも、お母さんがまた料理作ってくれるまで、わがまま言わない! そう決めたんだ! 弟が元気に育って、俺とキャッチボールできるまで俺絶対泣かない! そう決めてるんだ……だから……」

 私はその言葉を遮るように、みーやんを抱き締めた。

「……。」

「……。」

 本当にこう思うから、私は言った。

「我慢するだけが、一番じゃないんだよ」

「……。」

「泣いてもいい。笑ってもいい。みーやんがみーやんらしくいるのが、一番なんだよ」

「……。」

「泣こう。笑おう」

「……ウッ……」

 みーやんが、声を殺すように泣き始めた。

「ウウッ……ック……」

 私は、ずっとみーやんを抱き締め続けた。ソフトクリームが溶け始めて、地面に落ちても私はずっと、そうしていた。






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