第01話 泣き虫Boy[1] こちらにお名前を
「由美ちゃーん!」
私、神奈川県は七海市にある市立七海高校に通う、宮部由美子と言います。名前を呼ばれて振り返ると、同級生にして同じ部活に在籍する朝倉 陽乃と橋本 絵美が走ってきていた。
「なぁに~?」
「午後の店番、いつ? まだ時間ある?」
息を切らしながら陽ちゃんが私に尋ねる。
「うん。時間あるけど……」
エミリンが気づいて陽ちゃんの肩を突く。
「ほら、きっとさ」
「あっ、そうかぁ~! みーやんかぁ」
二人がニヤニヤ笑う。けど、私は少々の冷やかしには慣れている。
「そういう二人は? 佐野くんや水谷くんとは?」
「それがさぁ。運悪く二人とも店番。あたしたちの空き時間と店番の時間がダダ被りでさぁ」
陽ちゃんが大げさにため息をついて見せた。おかしくてついつい笑ってしまう。
「ま! 由美ちゃんはこれから楽しい時間待ってることだし。お邪魔虫はこの辺で失敬しようよ」
エミリンが嬉しそうに言う。結局、私の友達ってこんな風に人のことを考えてくれるんだよね。
「そだね! じゃ、由美ちゃんまた後でね」
「うん!」
私はエミリンと陽ちゃんと別れてから、みーやんこと私の彼氏・三宅 亮平との待ち合わせ場所に走った。
あまり人気のない場所でいつも待ち合わせをするのは、みーやんが照れ屋だから。待ち合わせの時間は、午後1時15分。時間は今、1時5分。ちょっと早かった。
「……。」
いつもならみーやんは10分くらい前ならいるんだけど、やっぱり今日みたいな文化祭の日は、いろいろ役割分担とかあるから、普通の日のようにはいかない。
私は壁にもたれながらみーやんを待ち続けた。
「ん?」
普段はあまり使われない多目的室に、なんだか黒魔術でもやってそうな、黒カーテンで遮光されている部屋がある。
「何……ここ」
私は学祭(これを七海祭っていうの)の模擬店地図を広げた。この多目的室には……。
「『昔亭~See You Again~』……?」
何、このちょっと胡散臭い名前……。っていうか、何年何組の出し物? どっかの部活かなぁ……。
「!」
変な目で見てたら、表で受付してる子と目が合った。女の子だ。学年カラーから考えると、2年生みたい。吹奏楽部でないのは、確実。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
なんだか気味が悪い。でも、挨拶しちゃったし……。
「……まだ時間あるな」
私は普段、こういう気味の悪いこととか場所とかあまり好きじゃないから、行かないようにしてるんだけど、この時は違った。
「ご利用になりますか?」
気づけば、私は受付の子の前に立っていた。
「あ……は、はい」
「ありがとうございます。こちらに、必要事項を書いてください」
必要事項?
私がその紙を受け取ると、ますます不気味なことが書いてあった。
(1)あなたのお名前
(2)会いたい人のお名前
(3)その人の昔の姿を見れるとしたら、いつ頃を見たいですか?
えーっと……(1)宮部由美子。
(2)は……もちろん、三宅亮平で。
え? うーん……そうだな。(3)なら……小学校4年生くらいがいいかな。なんていうか、無邪気というか、可愛いみーやんが見てみたい!
「ご記入ありがとうございます。最後に、一番下の注意事項を、よく読んで肝に銘じてください」
「き、肝に……ですか?」
「はい」
なんだろう。
やっぱり、不気味な気がする……。やめようかな。今なら間に合う気が……。
「やめる、やめないはお客様の自由ですよ」
「!」
な、何? この人……なんで私の気持ちわかるの? でも……やっぱり、可愛いみーやんが見たい!
私は気持ちが抑えきれず、注意事項を熟読した。
※注意事項
過去に戻った際、その人物はもちろん、過去のあなたご本人に遭遇することもございます。もちろん、過去に戻るわけですから、実際に起きた良いこと、悪いことも起きたとおりに起きます。特に後者はあなたや過去の時点での、あなたがお会いしたい人物には非常に不愉快、不都合な出来事である可能性が非常に高いです。
しかし、その不都合な出来事を回避させるようなことは、おやめください。それは、歴史を意図的にあなたが変えることになります。
もし、そのような行為をされた場合、あなた様が現実世界に戻られた際にそれまでとは異なる事象が発生していても、当店では責任を負いかねます。
何……? これ……。
「どうなさいますか?」
そ、そんなの……決まってるじゃない。
「行きます」
私は決めた。
「ご利用、ありがとうございます。では、1名様ご入店です!」
私は黒カーテンをめくり、室内に入った。
「……へ?」
教室に入ったはずなのに、そこは団地のような場所。
「ここどこ?」
私は慌てて階段を降りて外を眺める。遠くには、七海高校が見えた。それに、小田急七海駅も見える。
「七海……? でも私、学校にいたはずなのに……」
私は何が起きたのか理解できず、ひとまず階段を上がった。もしかしたら、廊下に戻れるかもしれないからだ。
けれど、入ってきたはずのドアは見当たらなかった。あるのは古ぼけた団地の階段の踊り場だけ。
「……なんなの?」
私は何が起きたのかわからず、キョロキョロと辺りを見渡した。そして、表札に目が行く。
「松本……幸雄、朋子、亮平……」
亮平。どこかで聞いた名前だな、と思っていた瞬間だった。
「お姉ちゃん……何か、用?」
その声に振り返って、私は声が出なくなった。
目の前にいるのは間違いなく、みーやんの面影が残る、男の子だった……。




