第09話 さぁ、どっちがやかましい?[2] 迷子センター
さて。
これはどういう状況や。
目の前には、「あさくら ひなの」と名乗る小さい女の子。3歳。とりあえず、陽乃、らしい。うん、目元は陽乃。
やけど、それ以外に情報がほしい。オレはとりあえずデパートらしいその建物内を、小さな陽乃の手を引いて歩いていった。
ここの場所はどうやら、小田急七海駅北側にあるデパートらしい。せやけど、今の七海駅前にこんなデパートはない。そういえば、聞いたことがある。他でもない陽乃に。
「ここはね、昔デパートあったんだ。あたしもよく、お母さんに連れられて屋上のプレイランドで遊んだよ」
丸大デパート七海駅前店、というらしい。6階建ての、まぁいわば地方にあるような百貨店、って感じ。
そうや。陽乃、お母さんと分かれてしもた言うてたな。
「ひなのちゃん。お母さんと今日は、一緒に来たんやんね?」
すると陽乃はフルフルと首を振った。
「へ?」
「一人で来たの」
マジで! 3歳で……!?
七海駅から陽乃の家が、もし今と変わらん位置にあるんやったら、2キロくらいあるやろ? 3歳が歩いてい来る距離かぁ? できなくはないんやろうけど……。
せやけど、それやったら早くお母さんに迎えにきてもらわんとな。えーっと、ケータイ、ケータイ……。あったあった。陽乃の家の電話番号は……。
「……あれ?」
なんで? 電波のいいところ行けって? なんでやねん。ここ七海市のど真ん中やろ? なんで電波が……。
「あれ?」
圏外? なんで?
ここでハッと気づいた。3歳ってことは、15年前。2007引く15は、1992。そうか。今ほど携帯電話は普及してないし、そもそも普及してても電波自体、なんか作りが違うんかもしれへん。もはやオレの理解の範疇を超えてる。
「お兄ちゃん、それなぁに?」
「あ、えーっと、これは……ひなのちゃんも大きくなったら使える電話やで!」
「ふぅーん……」
不思議そうな目をする陽乃。無理もないわな。すると、オレの隣を異様にデカい携帯電話(と呼べるのか? いや、多分この時代はあれがケータイなんやろう)を片手にしたサラリーマンが通っていった。
とにかく、携帯電話が使われへん以上、それでもなんとかして陽乃の家に連絡を取らんとアカンからな。どうしよう。
「そうや……」
携帯電話がアカンなら、まだこの時代には公衆電話がたくさんあるはずや。オレは歩いて公衆電話を探した。そしたら、エレベーターホール横になんと5台もあった。さすが1992年。
でも、待てよ?
受話器を取って気づいた。この時代の陽乃のおばさん、おじさんはオレの存在を知らん。そもそも、この時代のオレは……まだ、兵庫県の西宮で「大中 翔」として生きてる。おぉ、なんとまぁ。
いまこのタイミングでかけたら変な人やん。アカン、アカン……。
オレはしばらく考えて受話器を置いた。しょうがない。やっぱり、迷子センターっぽいところ連れて行って、そこから連絡してもらおうか。
歩こうとすると、陽乃が立ち止まった。
「どないしたん?」
「のど……かわいた」
あぁ、そうか。そういや結構暑いな。いま何月か知らんけど、オレも暑さは感じる。
「ジュース飲むか?」
「いいの!?」
目をキラキラさせる陽乃。
「おう! お兄ちゃんが買ったるから、おいで!」
そしてオレと陽乃は自販機コーナーへ。
「え?」
110円? え? 120円じゃなくて?
あ、そうなんか……。へぇ~。そういえば子供の頃(今も子供やけど)、110円やったなぁ、ジュースって。
500円を取り出してコイン投入っと。
コトン、と音がしてコインが戻ってきた。
「は?」
そこで気づいた。これ、新500円硬貨や……。1992年じゃ、旧500円硬貨やないとアカン。
「どうしたの?」
「いや! なんでもないよ」
なんやねん、このジェネレーションギャップ連発は! いい加減しんどいわ。
100円硬貨でジュースを買って、陽乃をご機嫌にさせてからいよいよ迷子センターへ。
「すいませーん」
「はぁーい」
声を掛けるとすぐに担当の女の人が出てきた。その人を見てオレは大声を上げそうになった。
なんせ、出てきたのが慎也のお母さんやったから。
そういえば……慎也が小学校入るまではデパートで働いてた言うてたな、アイツ。でも確かエレベーター乗ってたとか言うとったけど……ウソついとったんかい。
そんなことはどうでもよくて。
「すいません、この子……ひとりでデパート来たみたいで。ほんで迷子に」
「あら! そうなの? お嬢ちゃん、お名前は?」
「あさくら ひなのです」
「おうちの場所は?」
陽乃と慎也のお母さん。またしてもなかなか偶然にしてはできすぎな接触。人生わかりませんなぁ。
机の上に置いてあった葉書の郵便番号欄が5桁なことに驚きつつ、陽乃の調査(?)が終わったみたいやった。
「じゃあ、この子の家の電話番号もわかったから、今から連絡して迎えにきてもらうわね。どうもありがとう」
「いえ! ほな、ひなのちゃん。お母さん迎えに来るまでいい子にしときや!」
そう言うてオレは陽乃の頭を撫でてその場を去ろうとする。形はどうであれ、可愛い陽乃見れてよか……った?
「……。」
あれ? ひなのさん?
「ママ……来るまで、お兄ちゃん、ひなのといて?」
ちょっと、困った。けど、こんなウルウルした目で言われたら……。
「わかった」
そう言わざるを得ないやろう。
「ほな、お母さん来るまで時間あるやろ? 屋上プレイランドでお兄ちゃんと遊ぼうか?」
「うん!」
よし。
オレは手をしっかりと握って屋上のプレイランドへと向かった。