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吾輩の心の地図

掲載日:2026/10/24

吾輩は竹である。


 すらりと立ち、青々と葉を鳴らし、風にそよぐ姿ばかりを見て、つつましく潔いものと思われているらしい。

 なるほど、見た目だけならそうかもしれぬ。

 だが、それは地上だけの話である。


 吾輩の本領は、むしろ地下にある。


 人はどうも、目に見えるものばかりを真に受ける。

 まっすぐ立っていれば実直だと思い、しなる様子を見れば風流だと喜ぶ。

 昔話にもなれば、何やら神秘めいたものとして扱われ、めでたい席では縁起のよいもののように飾り立てられる。


 それはまあ、決して間違いではない。

 吾輩にはたしかに、ただの草木では済まぬ気配がある。


 なにしろ吾輩は、地下で着々と話を進めているのである。


 地上の一本を見て、これが吾輩のすべてと思うのは早計だ。

 吾輩は一本ではない。

 少なくとも、吾輩自身はそう思っておらぬ。

 見えるところに立っている一本は、いわば先触れにすぎぬ。

 その下では根が伸び、いや正確には地下茎が伸び、なおも先へ、さらに先へと進んでいる。


 地上では沈黙。

 地下では拡張。

 この二枚腰こそ、吾輩の真骨頂である。


 思えば、人は地図というものを好む。

 ここからここまでが国であり、ここから先が他所であると線を引きたがる。

 道を記し、境を定め、見えるところで領分を主張する。

 いかにも人らしい、せわしない営みである。


 だが吾輩は違う。


 吾輩の地図は土の中にある。

 誰にも見えぬところで少しずつ広がり、静かに、確かに、昨日より今日、今日より明日へと版図を伸ばしてゆく。

 しかもその進路は、吾輩にしか分からぬ。

 いや、吾輩にもすべては分からぬ。

 分からぬが、進んでいる。

 その曖昧さこそが、かえって大望にふさわしい。


 ときおり吾輩は考える。


 このまま行けば、どこまで届くのだろうとな。


 庭の端か。

 林の奥か。

 山の裾か。

 いや、もっと先かもしれぬ。

 地の深みへ、土の奥へ、なおも伸びてゆけば、いつかとんでもないところへ行き着くのではあるまいか。


 人は、空を目指すものばかりを大志あるものと思いたがる。

 高く、高くと手を伸ばすものに拍手を送る。

 だが、下へ向かう志とてあってよい。

 見えぬところを押し広げるというものも、世には確かに存在するはずである。


 吾輩は竹である。

 ゆえに騒がぬ。

 高らかに野望を叫ぶような品のない真似はせぬ。

 ただ地下で、そっと進めるだけだ。


 もっとも、そっと進めているからといって、志まで小さいわけではない。


 むしろ逆である。

 静かなものほど、内に抱える地図は大きいのかもしれぬ。


 人が昔話に吾輩を選んだのも、慣用の中に吾輩を住まわせたのも、考えてみれば当然であろう。

 目に見える一本の奥に、何かもっと別のものが潜んでいると、うすうす気づいていたのだ。

 つつましく見えて、腹の底ではどこまでも伸びてゆくもの。

 風に鳴るだけのようで、地の下では別の話を始めているもの。

 そういう気配を、人は案外見逃さぬ。


 ならば、その見立てもまた間違いではない。


 吾輩は、もしかすると地下を支配できるのかもしれぬのだから。


 無論、いますぐではない。

 地上の者は、すぐ結果を欲しがる。

 花が咲いた、実がなった、背が伸びたと、見える変化ばかりを数えたがる。

 しかし吾輩の話は、もう少し長い。

 今日の一歩が明日の十歩になることもあれば、何年も黙して土を押すばかりの日もある。

 それでも進む。

 見えぬところで進む。

 その積み重ねの先にこそ、地図は育つのである。


 ゆえに吾輩は焦らぬ。

 一本の姿で測られることにも腹は立てぬ。

 いずれ、見えているものだけが吾輩ではないと知る日も来よう。


 まだ遠き我が野望も、いつか届いてみせる。

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