悠久の書
君は静かに眠っていた。
こぢんまりとした箱の中で、花に囲まれて眠っていた。
「私、怖くは無いのよ」
そう笑った君の顔は僕の瞼に焼き付いている。
そんな顔で、笑わないで欲しい。思い出してしまうから。
でも、その笑顔すら忘れたくは無いんだ。何故、人間の記憶は有限なのだろう。君のこと全て焼き付けられる何かがあるのなら、僕はそれに縋りたい。でもきっとそれは、堪らなく苦しいのだ。
君の笑顔が好きだった。君の寝顔が好きだった。
でも、今は…。
君の家族が、僕の名前を呼んだ。腫れぼったい目で、僕に笑いかけた。娘と良くしてくれていてありがとう、と僕に告げ、親族席に戻っていった。
僕はそこには座れない。座れる関係では無い。僕と彼女は、そこに進むことは叶わなかった。
君は腕に抱えられる大きさの箱になってしまった。
随分と、小さくなってしまったね。僕の背を抜かしてやるんだと息巻いていたのに、元々小柄な君は更に小さくなってしまった。
君はこれから、冷たい地面の中で独りぼっちだ。永遠に、独りぼっち。
「永遠は無いんだね」
僕が問いかけると、患者衣を着た君は笑って答えた。
「そうね、永遠は無いわ。だから美しいのよ 」
「じゃあ僕は、美しくなくていいよ」
何だか悔しくて、対抗する様に言った僕に、君は柔く目を細めた。
「そんな悲しいこと言わないで。わたしは君と美しくいたいの」
あぁ、僕は君に、僕と汚れていてほしかったのに。君はそう言って笑うのだ。
本当なんだ。本当に、僕は君に生きていて欲しかったんだ。
「わたしが居なくなってしまったら、わたしのお母さんから貴方宛の手紙を貰って。書いたから」
君が居なくなってしまうほんの数日前、君は僕にそう言った。
きっと本能で判っていたんだろう。もう先は長く無いのだと。本当は、読みたくなんてなかった。君がいない事実を認めてしまいそうだったから。でも君のお母さんが、あの子が心を込めたものだから、と蝶を摘むより丁寧に渡してきたのだから、送り返しは出来ないよ。
『ちゃんと読んでくれてありがとう』
君らしい書き出しで、君らしい字で綴られた言葉に、僕は思わず頰を緩めた。思ったより僕は薄情らしい。
『貴方にあの時言った、怖くは無いのよって言葉、きっと貴方疑っているでしょう?本当よ。あれは、本当なのよ。なんの偽りも無いわ。貴方にそんな嘘付きたくなんて無いもの。
でも、一つだけ。一つだけ、言わなかったことがあるの。あのね、死ぬことは、本当に怖くは無いの。けれどね、わたしは、貴方に二度と会えなくなることが、心の底から怖いわ。
貴方の左の薬指を、埋められなくてごめんなさい。貴方は優しい人だから、きっと大丈夫だわ。』
そこまで読んで、僕は手紙を閉じた。開いたまま、読み続けていたら君の筆跡が滲んでしまう。君の痕跡が、減ってしまう。
君の生きた記録を、僕は抱きしめた。
こんにちは。もしくはこんばんは。あゆーです。
【悠久の書】いかがだったでしょうか。
こちら、以前投稿した【久遠の世界に馳せるは希望】の前日譚のような内容となっております。久遠の冒頭にこの話がくる形ですね。
私は恐らく恋愛モノを書くのは苦手らしいので滅多なこと無い限りは書かないとは思います。
ではまた、次回の作品で会いましょう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




