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何のために

 声が聞こえる。あまり聞き慣れない二人の声だ。目を開ければ、ゴツゴツとした知らない天井。いつもの真っ白で滑らかなものとは違う。


「起きたか。ウェールズからある程度話は聞いた」


「だ、誰…でしょうか」


「あぁ、生身で会うのは初めてだったな。黒羽のゼフィル、鉄と獣の反乱軍、グリフィンのリーダーだ。」


 黒く染まった羽、すこし太眉で、切れ目…左の翼は鋼鉄のようで、左腕も同じく義手。多分、カラスの亜人。鳥や魚、爬虫類の亜人は珍しい。人間の住む環境よりも国外の自然に寄り添って生きることを選ぶ者が多い。だからか、見つからないのだ。


「私はウェルズ教国の聖女。いえ、ここにいるのは()()()ルミエラです」


「そうか」


 ゼフィルは少し笑った。そんなに面白いことを言っただろうか。ただ私は、教国を飛び出した。何も言わずに。少なくともこれは、国の代表としてきたわけではない。私は私の目でこの世界を見てみたいのだ。


「では、ルミエラ。食事にするとしよう、話すのはそれからでも遅くない」


 促されるままに部屋のテーブルまで行くと、温かい食事が用意されていた。私が起きるタイミングに合わせて作られたのだろうか。


 パンとコーヒーの香ばしい匂い、大皿には豆類のトマト煮のようなもの、色とりどりのサラダにはみずみずしい果実が散りばめられていた。


「ありがとう、ございます。こんな歓迎してもらえるなんて…思ってませんでした」


「グリフィンは来るものを拒まない。そう伝えたはずだが?」


 ありがたい話だ。これからどうしようかと思っていた。立場としては敵であった彼らが、私にどんな対応をしたとしても不思議ではない。それなのに、こうして豪華な食事に彼らのリーダーと話すことができる。


 談笑を交えながら食事をしていると、亜人と人の違いなんて分からなかった。確かに身体的特徴に差はあれど、人間でさえも髪、目、肌の色、性別……違うところはいくらでもある。それと何が違うのだろう。

 教えでは、亜人は知恵で劣るとされていた。一体、どうしてそう思われたのだろう。少なくともグリフィンの本拠地に来てから話す彼らは、私よりもずっと頭のいい人に思えた。


 食事を終えた私たちは、また地下道を通ってより下へと来ていた。

 この谷に作られた集落は層ごとに機能が分かれている。上層には反乱軍の基地としての役割が割り振られている。軍所属の兵士はここで寝泊まりし、見張りなどを交代で行っている。中層は私たちが寝泊まりした場所で、市民や客人のためにあるそうだ。そして私たちが今向かっている下層では、物資を保存する倉庫と兵士たちの訓練が行われる演習場がある。


 私たちが下層に来たのは、反乱軍について知りたいと言ったからだ。敵情視察(スパイ)のようなものなのに快諾していただけた。谷の構造についても、道すがら教えてもらったものだ。ゼフィルは隠す気がないのだろうか…

 

「この扉の先が演習場だ」


 扉を開かない。ゼフィルは扉の前で立ったまま動かない。

 今日、ずっと無口だったウェールズ。今も後ろからついてくるだけだったのに、急に近づいてきては耳打ちしてきた。

 

「おい、まさか気づいてなかったのか?囲まれてるぞ」


 教えてもらっても私にはその気配をつかめない。囲まれてる?誰に…亜人に?ここまでよくしてもらっておいて、疑うだなんて。でも、もし本当に囲まれているのなら…私は誘い込まれたことになる。谷底に。逃げ出そうとしても、上層にも兵士がいる。ここを監獄だとするのなら、脱出不能だ。


「さて、ルミエラ。ここまで来ておいてなんだが……」


「騙した……わけじゃないですよね」


 何も感じない。でも、ウェールズが嘘をついてるとも思えない。ゼフィルさんも、勘違いならそれでいい。一応だ。確認のために聞くべき。そう考えての言葉だった。


「驚いた。気づいたのは……ウェールズの方かな。ボクら、隠密行動にはそれなりに自信があるつもりなんだけど」


 どうやら囲まれていることは本当らしい。嫌な方に話は転がっている。どうして、朝はあんなに優しかったのに。疑問は尽きない。でも、まだ何もされていない。まだ何もしていない。

 

「君の考えを聞きたくてね、ルミエラ。何のために」


 私への問い。全部が勢いだった。夢を見て、その夢の中にいた影、竜が現れて、私は国を飛び出した。人間の笑った顔ばかり見ていた。亜人の苦しむ顔ばかり見ていた。何かがおかしいような気がしていた。ただ、それだけだった。


「君は世界を見にきた」


 威圧感。表情は変わらない。ここまで話してきた優しい顔のゼフィルのままだ。それなのに、その優しさが張り付いた仮面のようで、気圧される。

 肺にあったはずの空気はどこかに消えた。絞り出せたのは、か細い声。この狭い地下道の中でさえ、届く分からない弱々しいそんな声。


「私は…その、教国の人がみんな笑っていて欲しくて」


 喉が渇く。乾いてしまって、口がうまく回らない。


「みんなっていうのは、人間も亜人も……そういう意味で……」

 

 違う。違う。そうじゃない、そんなことが伝えたいんじゃない。もっと、この世界に私が求めていたものがあったはずだ。


「人間は亜人より優れている。亜人は知恵で劣る。だから導くのだと……そう、教えられてきました」

 

 指先が冷たい。視線を上げられない。もう、何を言っているのかも…あまりよく分からない。けど、それでも私の胸の内をできる限りの言葉を尽くして話す、話さなければならない。

 

「私は、それを信じていました。信じていたから、疑わなかった。疑うことが、怖かった」

 

 胸が痛い。心臓が私の胸を強く速く打ち付けている、吐き出してしまいそうなほどに。

 

「苦しんでいる亜人を見ても、“導きの途中”なのだと……そう、思おうとしました」

 

 言葉が崩れる。理想の国だと思いたかった。聖女である私は理想を実現していると、思いたかった。

 

「でも、ここでは……あなたたちは、笑っている」

 

 顔を上げる。視界はぼやけて、おぼれ落ちる。

 

「私を敵だと知っていても、食事を出してくれた。話してくれた。嘘みたいに、普通に」

 

 息が震える。膝も、身体も。

 

「私は……何を信じていたんでしょう」

 

 沈黙。誰も答えてはくれない。誰もその答えは持ち合わせてはいない。私の中にしか、その答えはないのだから。

 

「私は」

 

 鉄の味。唇を噛みしめていた。大きく息を吸う。これだけは、私の葛藤とか苦悩とか決意とか…そうじゃない。はっきりと伝えるべきだ。

 

「私は、私が信じていたものが……本当に正しいのか確かめたくて来たんじゃない」

 

 喉の奥が焼ける。もう、涙は出ない。あの威圧感も関係ない。

 

「違うと、知りたかった」

 

 その瞬間、自分の声が一番響いた。

 

「私は、私が信じてきた世界を……否定したいのかもしれません」


 再び沈黙。それは永遠のように感じられた。ずっと…ずっと、考えていた。私の教会の教えは歪んでいる。導くことを支配することだと思い違いをしている。私はこの歪な信仰を正したい。世界に間違っているとたたきつけて、否定する。それでも私が聖女であるというのなら、あの国のではないのだろう。私は世界を変革する。世界のための聖女なのだ。


「世界を否定する、か。自ら祭り上げた聖女にここまで言わせるか。教皇も見る目がないな」


 ゼフィルが指を鳴らす。地下道全体に響きそうなくらいの大きな音。ふいに鳴らされたものだから、耳がキーンとする。ちょっと頭が痛い。反応を見るに多分、合格を貰えたのだろうか。わからなかった気配がそこかしこから感じられるようになった。後ろを見てみればたくさんの亜人。中にはまだ数少ない顔見知りもいた。ウルズとパンセラだ。


「どうだ、お前ら。まだ、教会のスパイだとかぬかすんじゃねぇよな」


 教国のお祭りでも聞かないレベルの大きな声、拍手、口笛。返答は大喝采であった。

 この日、私たちがグリフィンで初めて認められた日になった。

いったん書き溜めを吐き出しきったのでここまで。(2026/3/2)

読者の皆様もお疲れさまでした…

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