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黒羽の統べる集落

書き溜めとは偉大なり。

 機械仕掛けの小鳥は『ついてこい』とだけ言って、黙々と飛び続けている。特に逆らう理由もないウェールズは彼について行ってしまった。私は…きっとグリフィン(鉄と獣の軍)には嫌われている。当たり前だ。彼らから見れば、私は聖女という敵将だ。私を確保できれば、それだけである程度の交渉の材料にはなるだろう。


「私は…」

 

『構わなイ。我々が信用ならないというのなラ』


 小鳥の声はよく響く。このサバンナには遮るものがない。空に静止する小鳥。私が動けないのを見て、空に止まっている。

 

『グリフィンは来るものを拒まなイ。それが人間でも亜人でモ…聖女だったとしてモ。』


「私がそれを、信じてもいい…理由は…ありますか」


『なイ』

 

 “黒羽”という名前は教国でも、有名だ。なんせ、最大勢力の反乱軍のリーダーのことを指しているのだ。国内にいれば嫌でも耳にする。彼に関すること、その多くは当然の如く事件や事故の噂。

 そして、彼の正体について。3メートルはある大男だとか、恐ろしい爪や牙を持つ亜人だとか、そもそも亜人ですらないなんて話も聞いたことがある。けれど、残虐非道だとか外道であるとかそんな噂は聞いたことがない。逆にいえば、誠実だとかそんな噂も聞いたことはないのだが。


 覚悟を決める…べきなのだろう。私はこの先、世界を見に行くのだ。ここで人を信じられないでどうする。もしも私を捕らえたいのなら、捕捉した時点で味方を呼べばいい。そうだ、彼らはわざわざ対話を選んだ。


「貴方を信じてみようと思います」


『最低限、このサバンナの中では安全を保証しよウ』


 再び彼らは歩き始める。目的地はまだ見えない。空に浮かぶ太陽が私を照らす。まだ旅は始まったばかりだ。



 夜中になった。まだ歩くのかと不安を感じ、信じた私が間違えていたのかもしれない、そう感じ始めた。


「ウェールズ…その、相談なのですが…」


「竜にはしばらく成れない。逃げる算段を立てるなら、俺を当てにするな」


「違います!逃げるつもりなんて…ないです。その、不安なので手を繋いでもいいですか」


 ウェールズは答えない。ただ、さっきまでぷらぷらとしていた手を少し、こちらに寄せてくれている。握っても…いいのだろうか。


「なんだ、握らないのか?」


「いえ、ありがとうございます!」


 少し離れていた距離を近づけて、歩幅を合わせて手を握る。私は一人ではないと、思いたかった。まだ出会ったばかり、信頼も何も出来てはいない。それでも、グリフィンの本拠地に立ち入るという不安を少しでも和らげたかった。

 鉄線、木の柵、塹壕…いかにも反乱軍の拠点という場所だ。けれど、あの防衛陣地が守っている場所は廃墟ばかり。少なくとも半日は竜の背に乗って飛んでいた。その後も日が暮れるまで歩いてたどり着いたのだ。かなり…いや、人間からすると少なくとも2.3日かけてくる場所だ。しかし、拠点というには人の気配がまるでないのが気になる…。柵を越えたところで、小鳥が止まる。


『ついたゾ。とりあえず、あとはウルスに引き継グ。今日は歩き疲れただろウ。簡素だが、宿を用意しタ。案内してもらエ』


「待て、ゼフィル。俺はウルスを知らん」


「私も…知らないです」


『そうカ。特徴は…………熊だナ。そこの廃墟の下に待たせてる。そろそろ、バッテリーが切れル……あとデ』


 機械仕掛けの小鳥はパタパタと羽を動かして、廃墟の中に消えて行った。

 熊?多分、クマの亜人なのか。例えば、ずんぐりむっくりな感じなのか。いや、ただクマの特徴である耳とかがついてるだけでシュッとした大きな人の可能性も…でもとりあえず熊の人ってことはわかった。

 

「えーっと…ウェールズ」


「とりあえず進むぞ。ウルスに会うまでは何もわからん」


 廃墟の中を進む。地下へと続く階段、明かりもない。本当にここに人がいるのだろうか。少なくとも、月明かりで見えた地上階の様子は生活感がない。

 階段を下り切ってしばらく、繋いでいた手を引っ張られる。


「止まれ、誰かいる」


「え、私には見えないんですが…」


「俺は夜目が効く。龍が混ざってるからな、人間の目よりマシだ。あと、目線を下げろ」


 何か下にあるのだろうか。いや、誰かいると言っていたから下にいる?ということは背の低い子供…確かに室内で明かりがないこの暗さだ。見落とすことだってあるだろう。そう思って目線を下げる。


「危なかったぁ…蹴っ飛ばされるかと…」


 頭を抱え、丸くなった小さな男の子。茶色の縞模様の入ったふさふさしたしっぽ、まんまるの耳、その姿はまるで…


「タヌキ?」


「アライグマ!まったく、ゼフィルのアニキから話、聞いてないのか?」


 たぬきの亜人に見えたその子は、アライグマの亜人だった。ゼフィルは…何と言っていたっけ?確か熊の案内人がいると言っていたはずだ。熊…くま?ということは彼が案内人なのだろうか。熊は熊でもアライグマだったとは…

 小さな子供に目を合わせるように少し屈む。近くで見ると、やっぱりかわいい男の子だ。それなら、目線を合わせてあげて優しく話した方がいい。その方が、怖がられなくて済む。町の子供達と話すときはそうするといいと、司祭様も言っていた。

 

「ごめんなさい!貴方が、ウルス…くん?」


「子供扱いするんじゃねぇ!これだから人間は…」


 どうやら嫌われてしまったようだ。元々そこまで好かれる立場の人間ではないとわかっていたが、あからさまな悪態をつかれると少しばかり傷つく。子供に対して子供扱いするんじゃないと言われてしまった…思春期というやつだろう。


「オレはウルス=プロキオン、22歳、男。自己紹介終わり!覚えとけ」


「22!私より年上…」


 亜人は動物の部分がどの程度、肉体に反映されるかが分からない。二足歩行の動物ぐらいの方もいるし、逆に耳や尻尾ぐらいの違いしかない方もいる。

 ウルスの場合、肉体の大きさはおそらくアライグマに引っ張られているのだろう。見た目はほとんど人間と変わらないのに背が低くて童顔なのは、種族的な特性なのかもしれない。


「もういい、ついてこいよ」


「本当にごめんなさい!」


 ペコペコと頭を下げることしかできない。年上の方に子供扱いとか…失礼にも程がある。ファーストコンタクトに失敗した。ウェールズも苦笑しているようだ。気づいていたのなら少しぐらい教えてくれればいいのに…


 ウルスはその小さな足を一生懸命に回して小走り……私たちのために移動速度を合わせてくれているのだろう。ちょっと歩きづらい……やっぱり子供のように見えてしまう。かわいい…


 そうこうしていると、崩落した壁の隙間から地下道に出た。


「こんな場所があるなんて…」


「もともとはなかったぞ。オレたちが掘ったんだ」


「だろうな。少なくとも地上の廃墟を見るに、こんな地下に馬鹿でかい空間を作るような町じゃない」


「へー、竜ってのはこの世界のことにも詳しいのな」


「さてな、俺は憶えてることが少ない」


 何度か地下道の中で分かれ道を通り、目の前に扉が現れた。少し疲れたのか、ウルスは息が上がっている。


「この扉の先が、オレたちの町だ。ゆっくり、してけよ」


「ありがとうございます。ウルスさん」


「あぁ、そうだ。お前らの宿な、扉を出てすぐ右だ」


 扉の先は、小さな集落だった。風が強く体を揺らす。空が見える。地の底は見えない。ここは地下ではない。高い壁に挟まれたここは…谷の真ん中。 


「扉を出てすぐ右だったな。ウルはついてこないのか?」


「あ?オレは家に帰るんだよ、妹が待ってる」


「そうか。ありがとうな」


 先ほどよりもゆっくりと、よちよちと歩く姿は何度見ても幼い子供のようで少しの心配と愛らしさを振り撒いていく。

 私たちの宿となる場所に目をやると、谷の壁を掘ってできた穴蔵。それに窓やら扉やらをつけた感じだ。既に明かりがついている。すぐに休めるようにという配慮だろうか。確かに、かなりの疲労が溜まっている。最近は運動不足だったのに、急に動いたから…かもしれない。


 今すぐにでも寝てしまいたい。疲れを自覚したからか、目が霞む。宿の扉を開いた。


「遅かったな」


 先客。ティーカップを傾けて、暖かな飲み物を飲む男の背には黒い片翼と機械仕掛けの片翼がある。そして、見たことのある小鳥が机の上に止まっていた。


「すいません……お話は、明日で…いいです、か」


 私の記憶はここまでだった。

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