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例え世界を敵に回しても

 ウェルズ王国。その中心に位置する大教会、その最上階。聖騎士団長であるベアトリスは目の前に座した男に膝をつき、頭を下げる。


「申し訳ございません、教皇様。私の失態です」


「いえ、聖女様が連れ去られたというのは少々予想外ではありました……が、さほど問題にはならないでしょう」

 

 聖女様が攫われたというのに、教皇を含めて上層部はなんとも冷静だった。仕組みはよく知らないが、聖印のおかげで生存は確認できているそうだ。上層部の落ち着きを見るに、生きていれば問題はない……という考え方なのだろう。流石にどうかとは思う。

 

「それに騎士団が奪還に動いて下さるんでしょ?」


「全力を尽くします。……ですが、現状では竜が攫ったという手がかりのみです。これでは探しようが…」


「それも問題ありません。そうですね…もう数日お待ち下さい。神の啓示が道を示してくださいますから」


 教皇は空に浮かぶ割れ目を見続けている。あの竜が落ちて以来、塞がれることなく、広がることもなく、ただそこにあり続けている。忌々しい竜が落ちてきたこと以外に被害がない。だが、それすらも不気味だ。教会の対処はというと、割れ目に干渉する方法がないと分かると、放置するしかないと言い切った。国内では世界の終わりが近いなどと噂になっているというのに。


「私が単独で聖女様を捜索しに出ても?」


「騎士団長様が…ふむ。いいでしょう。知も武も持ち合わせる貴方様なら、単独でもそれなりの成果を上げることでしょう」


「ありがとうございます」

 

 聖騎士団長などと役職に就いているが、私はやはりこの教会が嫌いだ。象徴とでも呼ぶべき聖女が攫われたと言うのにこの対応。判断が鈍い。この教皇のことだ、既に神の啓示とやらで情報は握っているのだろう。それでも教えず、隠している。私は神を信じていない。私は教えを信じていない。私は人を信じない。私はきっと壊れている。


「では、騎士団の方でも情報を集めます。これからの連絡には副団長をお呼び下さい。私は捜索に出ますので」


「えぇ、お好きになさったらよろしい」


 私は旅に出る。外の世界で私が信じるものを探しに行くために。あの純粋で“誰もが笑顔で幸せな日を送ってほしい”と本気で願う彼女を探しに。


「待っていて下さい。例え、世界を敵に回しても…私は」


 まず探すべきは、大砂漠か樹海。それぞれに教会の反乱勢力がある。大砂漠ならポッカポッカ(愉悦の盗賊)、樹海ならルグスの民(剣の隠れ里)。当てがあるとしたら、ルグスの方か。少なくともグリフィンには、教会に対して友好的な者が少ない。ポッカポッカもあくまで盗賊、教会とは敵対している。聖女様も教会所属という立場ゆえに、あまり好かれないだろう。樹海だな。


 馬を走らせる。一人旅は久しぶりだ。騎士団に入ってからは、ずっと団体行動だった。捜索という名目はあるが、単独行動は気分がいい。気楽だ。いつか聖女様となら遠くまで旅行にでも行ってみたいものだ。

 馬の足は軽快に進んでいく。樹海へと進む彼女の姿は国内にいた時よりも、ずっと大きく見えた。



 風が強い。気を抜けば振り落とされる。彼の背中は大きいが、しがみつける場所なんてものはない。せいぜい鱗に指をかけられそうというくらいだが、その鱗もツルツルとしていて掴めそうもないのだが。


「ねぇ、どこまでいくんですか!」


「さてな…そろそろ俺も力尽きる。どこに向かうかぐらいの考えはあると思い込んでたんだが?ないのか、聖女とか呼ばれてた癖に」


「今まで国外になんて出たことないです!箱入りで悪かったですね!」


 なんとうるさい竜だろう。それよりも、そろそろ力尽きるとか言ってませんでした?この駄竜は…

 その言葉の通り、竜は羽ばたくことをやめた。というより、力無く、だらーんと空に放り出されるようになった。もちろん空を飛ぶことをやめたのだから、最初に現れた時と同じように落下する。

 この駄竜、もしかして裂け目から落ちた時にも同じようにしてきたのでは…?


「い、いやぁぁぁあああっ!」


 あの時、戦場に落ちた衝撃は相当なものだった。あんな砂嵐のような突風を起こすくらいだ。ただの人間である私が地面に衝突してしまえば、当然死んでしまう。旅に出たばかりなのに?まだ何もしていないのに?これでは塔に篭っていた方が…マシ…だった?


「死んだら恨みますからね!」


「死ぬわけねぇだろ。痛いのは俺だけだ」


 竜は私のクッションとなった。落ちた場所も良かった。ひらけた平地、木々は少ないが背の高い草はそれなりに生えている。サバンナといわれる場所だろうか。


「わ、私…生きてます…よね?」


「早く退け、邪魔だ」


「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか!?」


 やはり駄竜。そんな大きな図体をして、私のことが思いとでもいうのだろうか。女性に対する礼儀がなっていない、許し難い侮辱だ。どうしてやろうか。……落ち着け。冷静に考えれば、私が乗っているから動きずらいというのは、本当なのかもしれない。私だって寝てる時に猫が上に乗っていたら、寝返りも打ちづらいのだから、同じような感覚……なんだと思う。怒るのは降りてからにしておこう。

 ちょっと高さがあって怖いけど、何とか降りられた。足がじーんと痺れ、さっきまで空にいたからか何とも足取りがおぼつかない。ちゃんと自分の足で立っている感覚がない。ふらふらとしながら、竜のいる方へ向き…なお…った?


「って、えっ!ど、どうなって…竜が、男の子に!」


「うるさい。竜、竜、竜って、そもそも俺は竜じゃない!」


 そういえばそうだ。ずっと竜と呼んでいたが、彼にもきっと名前があるはずだ。配慮が欠けていた。かもしれない。


 ……いや、おかしいよね。うん。竜が人になるとかそんな話聞いたことがない。私は聖女として様々な文化を学んできた。それなりに神話や伝承、民間の昔話まで文学系の造形は好きだったので、自信がある。それなのに、聞いたことがない。そもそも、獣が人になる物語自体が存在しないのだ。


「えぇっと、ごめんね。名前…だよね?まだ聞いてなかったと思うんだけど」


「はぁ、名前ぇ?俺が言いたいのはそうじゃなくって……あれ、俺の名前は?」


 思い出せないのか。そもそもなかったのか。判断しかねるが、少なくとも頭を捻っているが答えが返ってきそうにはない。


「それじゃあ私が付けてあげます。どちらにせよ、ないと不便でしょ?うーん…」


 そうだなぁ…竜の伝承で1番有名なものは、建国記に登場する赤い竜の話だ。その竜の名前をとってウェルズ教国とされ、ウェルズ教会が設立されたのだ。赤い竜…あれ?彼も、赤い竜。


「ウェールズの赤い竜…」


「じゃあそれでいいよ、ウェールズ。俺の名前はウェールズだ。それで、俺が言いたいのはただの竜なんかと一緒にするなってこと!俺はその上位種の竜人!」


「ちょっと、そんな適当に!ちゃんと考えてたんですから、もう少し待って下さいよ!」


 パタパタと機械の小鳥が降りてくる。

 機械仕掛け。思い出されるのはグリフィンのパンセラ。あの脚だ。そして、サバンナという場所。そうだ、ここは…反乱軍の…っ。


『変なところで爆発音がしたと聞いて、様子を見にいかせたが…面白いものを見たナ』


「誰だ」


 鳥から発せられた機械音に、ウェールズは緊張感のある声で応じる。

 

『ボクはゼフィル。グリフィンのリーダーをしていル。教会関係者なら“黒羽”なんて言った方が通りがいいかもナ』


 反乱軍の本拠地があるとされる場所だ。

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