空が割れた日
あーそうそう。作品は別のアプリで書いてまして…なんか変なとこあったらごめんだぜ。
「はぁ…今日もか。グリフィンのやつら…」
ベアトリスのため息は絶えない。どうやら毎日5、6回の小競り合いが続いているらしい。さらには亜人の奴隷が次々と失踪していることも相まって忙しいらしいのだ。
「ベアトリス様!」
最近は護衛だったはずのベアトリスがずっと外に出てるせいで、私が外に出られなくなった。まるで塔に常駐しているみたいだ。どうせなら、代わりの護衛を用意してくれればいいのに。
「またか……聖女様」
「わかってる。いってらっしゃい」
そうして、暇な時間を持て余した私は計画を立てた。綿密にこそこそと。最終的に……抜け出すのが上手くなった。
地味な砂色のローブ。フードを深々と被る。けれど、やっぱり白と金の服は目立ってしまう。すぐに聖女だとバレてしまう。
「あれ……また抜け出してきたんですね。聖女様」
「聖女様はちょっと……バレるとまずいので」
「はいはい、ルミエラ様」
町の人は特に私が抜け出してきていることを軽く見ている。結構、重大なことなんだけどなぁ……
そうして町を散策すると亜人だけが汗水垂らして、重いものを運び、怒鳴られ、苦しそうに働いている。人間は楽しそうに話して、遊んで、働いている。
突然、煙が白く町を包んだ。煙の中では数メートル先もわからない。巻き込まれた市民も混乱し、叫び声や鳴き声がより場を乱していく。
「行動開始!目的は亜人奴隷の解放、民間人には手を出すな!多少の物損は気にしなくていい。人間は傷つけるな!」
その中で、よく通った叫ぶ声が聞こえる。女性の声だった。私の横を何者かが何人も通り過ぎる。おそらくはグリフィンの斥候部隊。だが、私が聖女であると知らないのかも知れないし、そもそも気にしていないのかもしれない。作戦にも傷つけるなと言っていた。私が狙いではないことは明白とはいえ、私を人質にしたりするぐらいの考えがあってもよさそうなものだ。人質、怪我、他にもリスクはあるだろう。でも逃げるわけにはいかない。
「グリフィン……町を、秩序を、信仰を守るために……あなたたちを止めます!」
私は聖印に魔力を通す。左腕が淡く光る。白銀の鎧をローブの下に展開させる。そして、聖女が持つには無骨すぎる白い戦斧。持ち手が長く、持ち手と比べればその刃はあまり大きくないように見える。その形状は槍に近く、もはやハルバードと言った方が正しいのかも知れない。
「市民の皆さんは早く教会へ!グリフィンは私が」
「あ?もう教会のやつらが…パンセラ!」
肩に担いだ戦斧を振ることはまだできない。煙の中、敵が味方かも分からずに武器を振れない。そもそも市民の皆さんがどれだけ残っているかも分からない。魔法も祝福も使えない今の私では、煙を払うことは難しい。ここにいたのが、ベアトリスなら…。せっかく武装を展開しても、私はただ見守ることしかできなかった。
「確認した。敵は一人。あれは…教会の聖女か?」
先ほどの女の声。おそらくはこの部隊のリーダーなのだろう。やはり煙の中では、捉えられない。だが、その煙もそろそろ晴れようとしていた。
声がした方に目をやれば、亜人の特徴の1つである獣の耳が影となって映った。瞬間、踏み込みは深く、素早く。迷いなく、遠心力に任せて縦に振り抜く。地面に深々と刺さり、ひび割れもなく地面は斬られた。
「あっぶねぇ…」
機械の駆動音。近くから音がするのを加味すると、おそらくパンセラと呼ばれた女の亜人は腕か足のどちらかが機械化していそうだ。距離ができたことで、また姿を見失う。グリフィンは撹乱戦術か煙の中に影をどんどん作り出す。次々と現れる影に翻弄され、戦斧を振り回すが、まったく当たらない。
煙が完全に晴れた頃、複数人の足音とそれに混ざるカッカッという断続的な音。最速で現れた援軍……それはやはり、聖騎士団長のベアトリスだった。
「蹄鉄の…今日は逃がさない」
「随分と遅かったな。団長サマ、他に何かしてたのか?」
「お前らの仲間を捕まえてたんでな」
煙が晴れたことでグリフィン側の部隊長だと思われる女の亜人の姿が見えた。獣の耳、細長い尻尾、黄色い肌と黒い斑点…明らかに豹の亜人。しかし妙なことに彼女の両脚は機械の義足になっていた。蹄鉄というのは鉄の脚を持った彼女のことなのだろう。
私には目もくれず、二人は戦い始める。今の私には何が起きているのか分からない。ベアトリスの剣は片刃で薄い。なんでも切り裂きそうな刃。姿を写し、景色に溶け込む刀身。ベアトリスが展開した武装はいわゆる刀と呼ばれる武器だ。
「今日こそ狩らせてもらうぞ、メス猫」
「できねぇよ。木偶の坊には」
刀と脚が甲高い金属音をあげて擦れ、ぶつかり、火花を散らす。二人は顔見知り…というか、戦場で何度となくぶつかってきたのだろう。パンセラは防戦一方、援護によってどうにか避け、受け、命を繋いでいる。
私は今まで塔という狭い空間で温存されてきた。聖印を使い熟せる聖職者、聖女という立場でありながら、姫のように扱われ守られてきた。初めての戦場、市民を守る為の戦い。例え亜人が相手でも……相手、でも……
脳内には日々、亜人たちが働く姿。人間は笑っているのに、ずっと苦しそうな亜人たち。この町の人たちは既に避難しきったのか見当たらない…奴隷を除いて。解放された奴隷は、次々に逃げ出す。その姿があまりにも嬉しそうで、その目が私を見て恐怖しているようで。ここで戦うことが正しいことなのか分からなくなってくる。
「聖女様、今はここにいた理由を聞く時間もありません。さあ、私たちと共に!」
「できません。ここで、私は…」
援軍に来た聖騎士のうち一人…若い男性。聖女である私を見つけ、混乱する戦場を走り抜けてここまで来たのだろう。
私は…退却なんてできない。答えようとした、けれど言葉が出なかった。まだ何もできていない。私は聖女なのに。その焦りがこの場に残らせようとする。
誰もが戦闘中の二人に目を奪われる。金属音と素早い動き、見事なまでの戦いは剣舞のように多くの人を魅了した。だから、誰も気づかなかった。
――空に亀裂入っていた。何かがパラパラと落ちていく。言うなれば、空のかけらだろうか。そして、割れ目からは赤く黒い何かが力無く垂れてくる。
戦場の中心。それは私の目の前に落ちた。
グリフィンは目的を果たしたのか次々と退却を始めており、聖騎士団は魔法や祝福、自身の武装を使って追撃をしていた。そんな時に両軍を分断するように落ちた。
衝撃で砂が舞い上がる。砂塵の中で咆哮が響く。煙の中で聞こえたような女性の声ではない。少なくとも意味のある知性ある言語のようには聞こえない。今この瞬間に産まれた赤子の産声にも似た叫び。
私の目の前には…竜がいた。赤く黒い竜。鱗があり、尻尾があり、翼がある。空想や伝承の中でしか聞いたことのない架空の存在。冒険者や傭兵ならまだ見たことがあるのかもしれないが、私はこの町から出たことがない。初めて見る怪物。
けれど、おかしい。私は知っているのだ。この竜を。モンスターとしての竜ではない。この個体を知っている。あの夢…影として現れたあの竜に似ているのだ。
「世界を…否定する?」
隣にいたはずの聖騎士は砂と一緒に吹き飛ばされたのか、今は居ない。後ろの方で状況確認のために走り、叫ぶ声が聞こえる。きっとそれは向かい側にいるはずのグリフィンたちも同じことだろう。混乱の中、もしもあの夢が現実になるのなら…竜と話せるのは…今この瞬間。明日にはきっと私は塔の中だ。
「ねぇ、あなたは……私の迷いを、正してくれるのですか?」
竜からしてみれば、なんの話か分かったものじゃない質問。同じ夢を見たわけでもない。咆哮を上げてから今も力無く伏せていることを考えれば、生きているのかも分からない。そもそも話すことができるのか……
「私は……何をしてるんでしょうね」
「本当にな。相談する気があるなら、もっと具体的にしろよ」
え?……は、?誰?聞いたことない声、男の子?まだこの辺に逃げ遅れた人が?
辺りを見回す。誰も居ない。誰も…あの赤黒い竜以外は、近くにいない。竜から声がするわけがない。狼の亜人、犬の亜人、狐の亜人…遠吠えする亜人は確かにいる。けど、そういった感じの叫び方じゃなかった。ただ全力で吠えた。そんな咆哮を聞かされたのちに、竜が喋るとは思えない。
「それで、なんなんだよ。その迷いってのは」
「えぇ……誰?どこからぁ…怖ぃ……」
「……ッチ。なら、知らねえ、俺はもう行くぞ」
その言葉が聞こえたと同時に翼が音を立てて広がる。もうすぐにでも飛び立ちそうだ。ここに残れば、今まで通りの平穏で何も変わらない塔の中。それで…誰もが笑っていてほしいという願いは叶うのか。人間を対象とするなら、叶うのだろう。けどそうじゃない。私は聖女だ。導くんだ。亜人も人間も誰もが笑って暮らせる世界にする為に。私がこの信仰を信じる為に。
「待って、私を……私を連れてって!」
「勝手にしろ」
鱗に足をかけ、腕を伸ばして、その背に乗った。初めての大空はこの世界を小さく見せた。飛び出す直前には、聖騎士たちが騒がしくしていた。
「聖女様が攫われた!」
「グリフィンが撤退していきます!」
「竜が…竜が現れたぞ!」
もう既に故郷は見えない。お節介な団員たち。仲良くしてくれた見習いの子供たち。愛すべき国民たち。そして、ベアトリス。全ての人に向けて、言い忘れたことを大きな声で叫ぶ。
「行って参ります!」
きっと届きますようにと、願いを込めて。
聖女は飛び出す。竜と共に。世界を変える旅路へと。




