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エピローグ

初投稿

――夢を見た。


 空が裂ける。


 それは雷のように広がる。青い空、その中央に走る真紅の亀裂は、ゆっくりと脈打っている。視線を感じた。何かがこの世界を見つめている。

 しばらくしてドロドロと流れる血のように、頭、身体、足とナニカが垂れてきている。そうして、世界に産まれ堕ちようとしている。


 下には私がいる。金の髪を靡かせて、刀と機械の左腕を持って。身体は震えている。でも、恐怖は不思議となかった。

 

 隣には、誰かがいた。

 

 顔は見えない。逆光の中に立つその人は、輪郭だけをそこに写している。誰だか分からない…けれど、やっぱり不安や恐怖はない。むしろ、不思議な安心感を感じる。これから先に何があっても、私たちなら乗り越えていける。そんな安心感。影は口を開く。


「これから、俺たちは世界を否定する」


 私は声を出せない。ただ、その場にいることしかできない。夢…だからだろうか。分からない。


 裂け目から堕ちたナニカから低い咆哮が響く。獣のような叫びではない。伝えるべきことがあるかのように、怒りや憎しみのような激昂ではない。哀しみを訴える…そんな声。


 影の人が手を伸ばす。私も触れようと手を伸ばした。寸前、影は消え、世界はひび割れる。地面に走る無数の亀裂。


「忘れないでくれ、どうか。俺たちはまた出会うのだから」


 その声が、今度ははっきりと耳に届いた。


 そして消えたはずの黒い影は形を変えて、竜として空から落ちてくる。それは星のように美しく、刃のように鋭い。


 私は彼の名を呼ぼうとする。

けれど――


 そこで目が覚めた。


――――――


 朝の鐘が鳴る。


 高い塔から響く澄んだ音色は、石造りの街を優しく撫でるように広がっていく。窓から差し込む光は柔らかく、埃すら祝福されているかのように金色に染まっていた。


 私は左手を見つめる。夢では機械になっていたはずの腕は、血の通った肉を持っている。そして、この国で暮らす全てのものに与えられる聖印が刻まれていた。


 白銀に光る紋様。特別にデザインされた絡み合う線は祈りの形を象り、肌に焼き刻まれている。特別というのは、私が聖女に選ばれた証。この国を守る責任の証でもあった。


「世界を…否定する」


 夢で聞いたその声と言葉。未だにはっきりと思い出せる。夢なんて、しばらくしていたら忘れている。そんな曖昧なもののはずなのに。


 ふと思い至るのは、神託という言葉。しかし、そんなはずがない。私は小さく首を振る。世界を変える…それはつまり、今の世に革命をもたらすということ…教会を否定することに繋がる。


 ウェルズ教国。ウェルズ教会の聖地に建てられた国。教会の教えは、人間こそが純粋なる知恵の主人であり、獣の素養を持つ亜人は知性あれど、純粋ではない。劣等種である。故に、導かなくてはならない。つまり、人間至上主義を掲げ、あ人を劣等と差別し、奴隷とすることで導く。そういったものだった。

 その教えは多くの人を取り込み、今では世界で最も信仰される宗教となった。その聖女というのが私だ。


 そう、教えられてきた。


 どれだけ教会の信仰が地に落ちようと、私だけは教えを疑ってはならない。信仰する皆が、笑顔である為に。私だけは教徒の味方でなくてはならない。幸せである為に。


 そう、教えられてきた。


 扉の向こうで足音が止まる。


「聖女ルミエラ様、本日の祈祷の準備が整いました」


 穏やかな声に、私は微笑みを作る。


「今、参ります」


 鏡の前に立つ。白い衣。淡い金の刺繍。完璧に整えられた姿の中には、乱れのない聖女が作られていた。けれど、心だけがどこか遠い…そんな気がした。


 祈祷を終え、塔の上から街を見下ろすと、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。市場で声を張り上げる商人。祈りを捧げる老夫婦。笑い合う子どもたち。幸せそうな彼らを見ると私の存在意義を感じられる。


 そして、少し離れた場所で、俯く亜人の姿。彼らの手首には枷があり、背には労働の痕が刻まれている。彼らを見ると、教義に疑問を…私の力不足を感じてしまう。正しく彼らを導けているのか…と。


 視線を逸らさない。逸らしてはいけない。少なくとも、私は彼らのことを見なければならない。それが正しいのだと信徒に伝える為に。私が彼ら(亜人)という犠牲を孕んだこの教義を納得できるまで。


 彼らは救われるべき存在だ。産まれる前からそうあれと運命(奴隷)だと定まっていたとしても。人と獣の混ざり者、過ちから生じた存在。だからこそ、正しい導きが必要なのだと、教典には書かれている。


 私はそれを信じてきた。信じている…はずだった。


「伝令!近郊で亜人の蜂起が確認されました」


 聖騎士が膝をつき、報告している。この塔にいる騎士たちの力を借りたいのだろう。ここ数年の出来事だが、亜人による反乱が多くなってきているように感じる。

 

「規模は?」


 報告に来た聖騎士の対応をしているのは、私の護衛として付いている彼女。この国でも最強と謳われる聖騎士団長のベアトリス・アルバだ。


「小規模です。ですが…グリフィン共が関わっているようで…」


「またアイツらか…市民の安全を最優先に」


 名前を聞くことが増えた鉄と獣の反乱軍、名をグリフィン。その勢力は年々大きくなっているらしいが、彼らの行動は奴隷解放が目的と思われるものが多い。そして、反乱軍としては異常なほど殺傷事件は少ない。


「ベアトリス。私も」


「ダメ、塔にいなさい。遊びじゃないんです」


 この国じゃ、聖職者は軍人のような扱いをされる。それは聖印によるところが大きい。聖印に魔力を通すことで、個人に合った武装、剣や槍、弓や銃、鎧や盾などを展開できる。

 私だって聖職者だ。それも聖女…特別な聖印を持っている。自分の身ぐらい守れる。それどころか、町の人だって。


 ベアトリスは私を置いて塔から出て行く。続いて聖騎士たちも次々と。塔の中に残されたのは、私と少しの見習いたちだけだった。


「痛ッ…」

 

 魔力を通していないのに、聖印が熱い、淡く白銀に光っているような気がする。

 塔からふと空を見上げる。青く空は澄み渡っている。それなのに、どこか歪んだ赤い空を一瞬…幻視した。夢に出た亀裂から見えた赤い空。


 私は今日も祈りを届ける。世界中の人が幸せでありますように。歪に感じてしまうこの世界のことを肯定できるようになりますように。


 今日もこの国からは人間と亜人の喧騒、笑い声…そして、聖騎士たちとグリフィン(鉄と獣の軍)がぶつかる音がした。

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