危険な任務?
歩道の外側の空気は、要塞の中よりも冷たく、そして澄んでいた。風が奥から吹き抜け、枯れ草や低木を揺らし、細かな摩擦音を立てる。その音を聞き続けると、何かが暗がりで動いているような錯覚に陥る。
アモンドの足取りは速いが、慌ててはいない。まるで「いつでも方向転換して逃げられる」リズムを意識しているかのようだ。マントは揺れ、時折、腿の横に装着された小型の弩、色味のあまり良くない矢が覗く。
「任務内容、覚えてるよね?」
彼女は振り返らずに言った。
「覚えてる。」
千里は刀を斜めに掛け、軽く答える。「巡回。生物を見つけたら倒すか追い払う。巣を見つけたら位置を確認する。何もなければ、散歩がてら帰って報酬をもらう」
「まとめ方がうまいな」
アモンドは鼻で笑った。「少なくとも、人の話を聞けるようね」
「散歩バイトみたいなもんだな」
千里は片手で刀を持ち、肩の力を抜いて言う。「こう聞くと危険でもなさそうだ、ハハ」
「余計な旗は立てるな」
アモンドは眉をひそめる。「毎回、楽勝だと思った瞬間に限って、ろくでもないことが起きるのよ」
最初の異常生物は、ごく自然に現れた。
枯れ木に張り付く小さなトカゲ状の生物で、背中には薄く透明な膜があり、毒液を噴出しそうだ。頭だけを覗かせ、こちらを“観察”している。
アモンドはほとんど止まらず、弩を構え、矢を放った。
弾は正確に生物の腹部に突き刺さる。生物は短く震え、もがいた後、すぐに動かなくなる。
千里はその光景を立ち尽くして見守る。
「悪くないな」
「当然だ」
アモンドは弩を戻し、低く警告する。「近づくな……煙が出てる。血液、腐食性があるみたい」
彼らは死体を避け、進み続ける。
二度目の遭遇は、半時間後。
三匹の五彩の狼のような生物が茂みをうろつく。アモンドは追い払うつもりだったが、一匹が彼らの存在に気付くと、一直線に加速、目的は明白だった。
千里が動いた。
余計な動作はなし、ただ一歩前へ。刀を下から上へ振り、切れ味は清々しく、角度も完璧。刃が肉を切り裂く感触はほとんど抵抗を感じず、湿った空気を斬るようだった。
生物は倒れ、残る二匹は後退し、視界から消えた。
アモンドは地面の残骸を二秒見つめ、千里を見た。
「動き、なかなか慣れてるね」
「追い込まれたからだ」
千里は刀を振るい、軽く言った。「痛みは色々教えてくれる」
彼らは進み続け、最後の巡回ポイントを回ると、遠くに要塞の輪郭が再び現れた。任務は理論上完了だ。
新たな巣はなく、異常生物も排除済み。高リスク個体もなし。空は夕暮れ色に傾き、風は少し冷たさを増す。
「帰ろう」
アモンドは記録板をしまう。「運が良かった。さあ報告に戻る」
千里は背伸びをし、骨が軽くきしむ音を立てる。
「初任務、思ったより楽だったな」
笑いながら言う。「披露するチャンスもほとんどなかった」
言い終わった瞬間、地面がわずかに揺れた。
「地震か?」
千里は反射的に訊ねる。
いや、それは地震ではない。地面が突然目覚め、寝返りを打ったような感覚。揺れは小さいが、低周波で骨まで伝わる圧迫感がある。
アモンドの顔から笑みは消えた。
「……止まれ」
声がさっきより低くなる。
千里も笑みを引っ込め、足を自然に緩める。下を見ると、砂利の間の細かな砂が微かに動き、下からかき混ぜられているかのようだった。
第二の揺れがすぐに来る。
今回はさらに明確だ。
茂みが揺れ、小型の異常生物が追われるように草むらから飛び出し、方向も構わず、ほとんど衝突しかける。
「これは地震じゃない」
千里は低く言う。「下に何かいる……」
「撤退」
アモンドは即断。「今だ」
二人はほぼ同時に振り向く。
第三の揺れは、一歩踏み出す前に起きた。
地面が沈む。
爆発ではなく、下層が失われるように急激に落ち、陥没穴が広がる。
アモンドの足が空を切り、体が滑る。反射的に手を伸ばすが――届かない。彼女は一瞬で埋まりかけた。
「いやあ!」
完全に埋まる直前の、恐怖に満ちた叫び。
「——アモンド!」
千里の叫びは、崩落する土石に半分飲み込まれた。
千里は考えず、身体が先に動いた。
膝を地面に打ち付け、破片で皮膚を裂きながら前に手を伸ばす――
つかんだ。
だが――掴んだ場所が悪い。
手首ではなく、指先。
「まずい、力がかけられない」
千里の顔が青ざめる。
これは「安全な掴み」ではない。救助のプロなら即座に判断する——このままでは、まず「指が滑る」か「二人とも落下する」。
陥没はまだ拡大中。千里は躊躇できない。全力でアモンドを掴み、指先は肉に食い込む。
一瞬で、肩が外れそうなほどの引力がかかる。アモンドは土中に沈み、千里も前に引きずられる。
「しっかり掴め!」
千里は叫ぶ。轟く地面の音に声は裂かれる。「俺がいる!緩めるな!」
「緩めてない!」
アモンドの声は震え、泣き声混じり。「指が千切れそう!!」
「なら落ちるな!」
千里は歯を食いしばり、断続的に叫ぶ。「今選べる策はこれしかない!」
「聞け!」
千里は吠える。「手首が出たらすぐにもう片方で掴め!」
「やりたいに決まってる!!」
アモンドの声が震える。「下が動いてる!何か近づいてる!!」
その一言で、千里の背筋が凍る。
通り過ぎるだけではない――
地下から、何かが地表へ出てこようとしている。
「下なんて気にするな!まだ間に合う!」
千里は全身の力で後ろへ体を押すように“ずらす”。少しずつ、アモンドを上へ。
肩の関節が限界まで押される感触が伝わる。
ついにアモンドの手首が土から現れ、千里は手首を掴んだ。
「よし!」
千里は笑いながら叫ぶ。「しっかり掴め!」
斜め後ろ、回転を伴った力で引く。救助としては粗野で優雅さはないが、効率的だ。
アモンドは半身だけ引き上げられ、その後は手足を使い、土を掻き分けて外へ。マントは土に捕まれ、動かせない。
「俺の――」
「諦めろ!」
千里は遮る。「あれはもう地下の世界のものだ!」
次の瞬間、土が沈み、マントごと小さな地表が黒暗に引き込まれる。跡形もなく消えた。
アモンドは一瞬固まる。顔が青ざめる。
「……これは屍織からもらったものだ」
「命の方が大事だ」
千里は息を切らせながら言う。「取りに戻りたいなら、勝手にやれ。俺は知らん」
アモンドの指が震える。咬み締めて向きを変え、千里に続いた。
「これ、元はいい値で売れたんだが……」と小声で呟く。
二人は土堆から這い上がり、なんとか安定した地面に立つ。
立ち直った瞬間、地面が鈍く響く。下から何かが押し上げてきた音だ。
次の瞬間、地表が轟然と裂け、大量の土と石が宙に舞う。
巨大な影が地下から飛び出した。




