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不気味な転生  作者: ハイイ


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3/17

買い物

ロベルトに要塞の中へ放り込まれたあと、海辺千里はすぐに「人生設計」などという高難度の思考に着手することはなかった。


千里は石畳の道を、特に目的もなく歩き回る。視線は光を帯び、落ち着きなく周囲を追っていく。


高低差のある階層、曲がりくねった通路。商業施設は隙間なく詰め込まれている。


「悪くないな……」

千里は思わず呟いた。「ここに住んでるやつ、毎日この景色見てるのか」


まず足を止めたのは飼育場だった。

視界に飛び込んできた生き物に、千里は一瞬固まる。


背に奇妙な鱗を持つ家畜。だがその眼差しは丸く、草を噛む動きもゆったりとしている。


だが次の瞬間、見慣れた光景も目に入った。

鶏が餌をついばみ、牛が低く鳴き、豚が泥の中で転がり、馬が小さな囲いを歩いている。


千里の胸に、ほっとした感覚が広がる。


「少なくとも……知ってる食材はあるわけだ」

「いきなり未知の生物を食え、って話じゃなさそうだな」


その安心感が引き金になった。

空腹が一気に意識を支配する。


通りを進むと、要塞の中央に巨大な五階建ての建物がそびえていた。


酒場だ。


中から漂ってくる気配が濃い。人の声、笑い、料理の匂いが空気に混じる。五階の大半は居住区で、住民の多くがここに住んでいるらしい。騒がしいが、秩序は保たれている。


扉を押し開けた瞬間、

熱気、油脂、酒精の匂いが一斉に顔にぶつかった。


長卓がぎっしり並び、献立は木板に書かれている。その内容は充実た。焼き肉、煮込み、濃厚なスープ、平焼きのパン。名前からして危険そうな特製酒まである。


カウンター脇には依頼掲示区画。

木の壁には紙が所狭しと打ち付けられ、文字が端正なものもあれば、臨終の走り書きのようなものもある。


内容は多岐にわたる。素材採集、護送任務、行方不明者の捜索、さらには「実験協力・自己責任」など。報酬欄には、ロベルトから渡されたあの異様に薄い紙片の数が記されていた。


建物の規模に半ば呆然としていた千里の視線が、ふと引っかかる。


――獣の耳が見える。


装飾でも兜の一部でもない。音に反応して、わずかに動く耳。毛並みは清潔で、輪郭は自然だ。さらに奥には、マントの下から尾が一瞬のぞき、すぐに人波に紛れて消える。


「……」


千里は手にした酒杯を持ったまま、動きを止めた。


これは画集でも、伝説の挿絵でもない。

彼らはここにいる。注文し、酒を飲み、依頼を受ける。すべてが当然のように。


千里は黙って酒を流し込み、喉が焼ける感覚を受け止めた。


酒場を出る頃には、千里の足取りは少し危なっかしくなっていた。


杯はまだ半分残り、頬はうっすら赤い。目には酔いと、言いようのない驚嘆が同居している。


「この世界……ほんと……不思議だな」


千里は小さく呟いた。

笑いを含んだ声には、皮肉と半ば本気の感嘆が混じっている。


「ちょっと見回しただけで、人間なのに獣耳があって、尾まである奴がいる。……まるで、人と獣が混ざって生まれた子みたいだ。想像するだけでも狂っているとしか思えない……でも、まあ……可愛いのも事実だな」


首を振って自分を落ち着かせるようにし、ぐいっと酒をあおる。表情は、世界の不条理を理解した者のそれで、しかも楽しんでいる。


視線を自分の粗末な服装に落とす。


「とはいえだ」

千里は裾を摘み、苦笑する。「俺は一応、品のある人間なんだがな」


「どんな世界でも、びしょ濡れみたいな格好は勘弁だ」


そうして選んだのは、落ち着いた色合いの服一式。ついでに三角帽子。まるで最初から彼のために用意されていたかのような、妙に似合う紳士装備。


ベッドに横になったとき、千里はようやく気づいた。


残金九十八。


酔いと買い物の高揚感が混じり、思わず笑ってしまう。


「……まあ、貧乏でも記念にはなるか」


翌朝。

酒場の一室、清潔なベッドの上で千里は目を細める。


目覚めて額を軽く揉み、二日酔いめいた後悔を感じつつも、新しい装いを見て口元が緩んだ。


「……これが、新生活か」


天井を見つめながら、頭の中で歯車が回る。

酔いが抜けるにつれ、現実が追いついてきた。


働かなきゃな。


この土地で、この要塞で、この奇妙な人々の中で。

好き嫌いは関係ない。生きるには稼ぐしかない。


「兵士? 俺が?」

千里は起き上がり、笑い飛ばす。「冗談だろ。妙な規律に忠誠に信条? 信じるわけない」


三角帽を軽く振って頭にかぶる。つばの陰の眼差しには、わずかな頑なさが宿っていた。

「神がいるなら、もっと適任を探せって話だ」


まずは武器。それから依頼。

千里は要塞の路地を辿り、鍛冶屋にたどり着いた。


扉を開けた瞬間、

熱気、火花、金属の匂いが押し寄せる。


炉の前で若い男が顔を上げた。煤と汗にまみれているが、目を引くのは自然に生えた一対の角。


筋肉質ではない。だが一打ごとに、鉄が彼の意志に応えるような、澄んだ力がある。


「見ない顔だな」

鍛冶師は汗を拭い、眉を上げる。「武器か? それとも修理?」


千里はカウンターに並ぶ剣や刃物の値札をちらりと見た。


「安くて、使えるやつを頼む。形だけの飾りはいらない」


鍛冶屋は、横にきちんと積まれた薬箱を指さした。

「この要塞で一番役に立つものを挙げるなら、薬屋の“毒”だな。刃物や短剣、弓矢に塗って使う。ここらの毒は有名でさ、刃先に少し乗せるだけで、《再造之国》最上位列の連中ですら軽視できない『滅びの水』。その原料の一つが、この地の毒物だ」


「ただし、解毒剤も忘れるな。この辺の生態は毒だらけだ。擦り傷一つで命取りになる」


千里はポケットを揉み、苦笑した。


「金がない。武器だけでいい」

薬瓶を眺めながら言う。「でも、ここの薬……回復効果がなかなか優れているな。俺、化け物に潰されかけて全身終わってた」


千里は大げさに身体を揺らし、力の抜けた芝居をする。


「目覚めたら、全部消えてた。痛みすら残らずに」


鍛冶師は眉を動かし、首を振った。


「誤解するな。 こっちの薬に、そこまでの力はない」

言葉を選ぶように続ける。「瀕死から完全回復……それができるのは、芽神の血だけだ」


「薬舗はあるが……」

額を押さえ、重い声になる。「最小瓶でも、万単位だ」


「……待て」

千里は薬箱にもたれ、手の中で紙片を回す。「一瓶、万? 本気で言ってる?」


胸がきゅっと縮む。


――ロベルトは、あの軽い態度の裏で、とんでもない額を使ったということか。

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