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不気味な転生  作者: ハイイ


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3/14

買い物

ロベルトに要塞の中へ放り込まれたあと、海辺千里はすぐに「人生設計」などという高難度の思考に着手することはなかった。


千里は石畳の道を、特に目的もなく歩き回る。視線は光を帯び、落ち着きなく周囲を追っていく。遠目には小さく見えたこの要塞も、近づいてみると――空間の使い方が精密だと分かる。


高低差のある階層、曲がりくねった通路。

商業施設は隙間なく詰め込まれている。鍛冶屋、薬草店、飼育場。片隅には小さな工房や学舎まである。


「悪くないな……」

千里は思わず呟いた。「見た目は小さいのに、中身はやたら濃い」


まず足を止めたのは飼育場だった。

視界に飛び込んできた生き物に、千里は一瞬固まる。見たこともない家畜。背には奇妙な鱗、脚の関節は地球の生物とは思えない角度で曲がっている。


だが次の瞬間、見慣れた光景も目に入った。

鶏が餌をついばみ、牛が低く鳴き、豚が泥の中で転がり、馬が小さな囲いを歩いている。


千里の胸に、ほっとした感覚が広がる。


「少なくとも……知ってる食材はあるわけだ」

「いきなり未知の生物を食え、って話じゃなさそうだな」


その安心感が引き金になった。

空腹が一気に意識を支配する。


通りを進むと、要塞の中央に巨大な五階建ての建物がそびえていた。入口の両脇には風化した旗。金色の杯と食刀がかろうじて描かれている。


酒場だ。


中から漂ってくる気配が濃い。人の声、笑い、料理の匂いが空気に混じる。五階の大半は居住区で、住民の多くがここに住んでいるらしい。騒がしいが、秩序は保たれている。


扉を押し開けた瞬間、

熱気、油脂、酒精の匂いが一斉に顔にぶつかった。


長卓がぎっしり並び、献立は木板に書かれている。その内容は、この要塞が周辺の生態系を密かに独占しているのではと疑いたくなるほど充実していた。焼き肉、煮込み、濃厚なスープ、平焼きのパン。名前からして危険そうな特製酒まである。


カウンター脇には依頼掲示区画。

木の壁には紙が所狭しと打ち付けられ、文字が端正なものもあれば、臨終の走り書きのようなものもある。


内容は多岐にわたる。素材採集、護送任務、行方不明者の捜索、さらには「実験協力・自己責任」など。報酬欄には、ロベルトから渡されたあの異様に薄い紙片の数が記されていた。


建物の規模に半ば呆然としていた千里の視線が、ふと引っかかる。


――獣の耳が見える。


装飾でも兜の一部でもない。音に反応して、わずかに動く耳。毛並みは清潔で、輪郭は自然だ。さらに奥には、マントの下から尾が一瞬のぞき、すぐに人波に紛れて消える。


「……」


千里は手にした酒杯を持ったまま、動きを止めた。


これは画集でも、伝説の挿絵でもない。

彼らはここにいる。注文し、酒を飲み、依頼を受ける。すべてが当然のように。


千里は黙って酒を流し込み、喉が焼ける感覚を受け止めた。


酒場を出る頃には、千里の足取りは少し危なっかしくなっていた。杯はまだ半分残り、頬はうっすら赤い。目には酔いと、言いようのない驚嘆が同居している。


「この世界……ほんと……不思議だな」


千里は小さく呟いた。

笑いを含んだ声には、皮肉と半ば本気の感嘆が混じっている。


「ちょっと見回しただけで、人間なのに獣耳があって、尾まである奴がいる。……まるで、人と獣が混ざって生まれた子みたいだ。考えるだけで頭おかしくなりそう……でも、まあ……可愛いのも事実だな」


首を振って自分を落ち着かせるようにし、ぐいっと酒をあおる。表情は、人生の不条理を理解した者のそれで、しかも楽しんでいる。


視線を自分の粗末な服装に落とす。


「とはいえだ」

千里は裾を摘み、苦笑する。「俺は一応、品のある人間なんだがな」


「どんな世界でも、びしょ濡れみたいな格好は勘弁だ」


そうして選んだのは、落ち着いた色合いの服一式。ついでに三角帽子。まるで最初から彼のために用意されていたかのような、妙に似合う紳士装備。


会計の段になって、千里は気づいた。


残金九十八。


酔いと買い物の高揚感が混じり、思わず笑ってしまう。


「……まあ、貧乏でも記念にはなるか」


翌朝。

酒場の一室、清潔なベッドの上で千里は目を細める。目覚めて額を軽く揉み、二日酔いめいた後悔を感じつつも、新しい装いを見て口元が緩んだ。


「……これが、新生活か」


天井を見つめながら、頭の中で歯車が回る。

酔いが抜けるにつれ、現実が追いついてきた。


働かなきゃな。


この土地で、この要塞で、この奇妙な人々の中で。

好き嫌いは関係ない。生きるには稼ぐしかない。


「騎士? 俺が?」

千里は起き上がり、笑い飛ばす。「冗談だろ。妙な規律に忠誠に信条? 信じるわけない」


三角帽子を軽く振り、眼差しは頑なだ。


「神がいるなら、もっと適任を探せって話だ」


まずは武器。それから依頼。

千里は要塞の路地を辿り、鍛冶屋にたどり着いた。


扉を開けた瞬間、

熱気、火花、金属の匂いが押し寄せる。


炉の前で若い男が顔を上げた。煤と汗にまみれているが、目を引くのは自然に生えた一対の角。炎を反射して淡く光る。


筋肉質ではない。だが一打ごとに、鉄が彼の意志に応えるような、澄んだ力がある。


「見ない顔だな」

鍛冶師は汗を拭い、眉を上げる。「武器か? それとも修理?」


千里は刃物を一瞥し、角に目をやってから言った。


「安くて、使えるやつを頼む。形だけの飾りはいらない」


鍛冶屋は、横にきちんと積まれた薬箱を指さした。

「この要塞で一番役に立つものを挙げるなら、薬屋の“毒”だな。刃物や短剣、弓矢に塗って使う。ここらの毒は有名でさ、刃先に少し乗せるだけで、《再造之国》最上位列の連中でも、ですら警戒する」


「ただし、解毒剤も忘れるな。この辺の生態は毒だらけだ。擦り傷一つで命取りになる」


千里はポケットを揉み、苦笑した。


「金がない。武器だけでいい」

薬瓶を眺めながら言う。「でも、ここの薬……効きは相当だろ。俺、怪物に潰されかけて全身終わってた」


大げさに身体を揺らし、力の抜けた芝居をする。


「目覚めたら、全部消えてた。痛みすら残らずに」


鍛冶師は眉を動かし、首を振った。


「誤解するな。 こっちの薬に、そこまでの力はない」

言葉を選ぶように続ける。「瀕死から完全回復……それができるのは、芽神の血だけだ」


「薬舗はあるが……」

額を押さえ、重い声になる。「最小瓶でも、万単位だ」


「……待て」

千里は薬箱にもたれ、手の中で紙片を回す。「一瓶、万? 本気で言ってる?」


胸がきゅっと縮む。


――ロベルトは、俺を助けるために。

あの軽い態度の裏で、とんでもない額を使ったということか。


千里は、初めてその事実の重さを噛みしめた。

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