物器要塞へ
「この銃の値段はもう三万は下らず、多くの人間の命よりも高い。
そのため、ほとんど精鋭の間でしか流通していない。」
鍛冶屋は一拍、言葉を切った。
「……無償で、俺の失――実験品を譲ってもいい」
千里は即座に顔を上げた。
その目には、“無料”という単語を見た貧乏人特有の信仰心が宿っている。
「やっぱりお前は優しい人だ!」
鍛冶屋は、ひどく悪い笑みを浮かべた。
だが声はほとんど聞こえないほど低く、まるで独り言だ。
「優しくないさ。
他人の手に渡った時、本当に“使えるか”を見たいだけだ。ついでに――」
アモンドが鼻で笑う。
「今、“失敗作”って言いかけなかった?」
鍛冶屋は手首を返し、その異形の銃を懐に戻した。
「……気のせいだな」
何事もなかったように顔を上げる。
「さあ行こう」
立ち上がりながら言った。
「外で試す。酒場で撃ったら、俺が破産する」
――
三人は要塞を出て、人家と木造建築から離れた、がらんとした砕石地へ向かった。
鍛冶屋は横に立ち、口が勝手に“職人の自慢モード”に入る。
「見ろよ。これが連射の快感だ。
引けば鳴る。もう一回引けば、また鳴る。
このリズム、癖になるぞ」
千里は覚えが早かった。
構えは自然で、まるで生まれつきそれを握るための手だったかのように安定している。
遠くの朽木に照準を合わせ、深く息を吸う。
「パン! パン! パン!」
千里は目を見開き、口角が危険な角度まで上がる。
「……これ、相当えげつないな」
呟く。「完全に大殺器だ」
いつの間にかアモンドも寄ってきている。
「別に興味ない」みたいな顔だが、手はもう伸びていた。
「貸しなさい」
彼女は“自分では格好いいと思っている”構えを取り、転輪を回し、朽木に向けて引き金を引いた。
「バン! バン!」
三発目。
「――ドン!!」
銃声じゃない。爆発音だ。
耳を裂く金属音。
火花と破片が一斉に吹き上がる。
血がにじんだ。
アモンドは反射的に手を振り、後ずさる。指先が痺れ、衝撃で一歩下がった。
顔色は「得意」から「今すぐ誰かを埋めに行く顔」へ変わった。
鍛冶屋は一瞬、固まった。
気まずさが半拍だけ浮かび、すぐ“応急対応の職人”の顔になる。
「えーと」
咳払いする。「実験品だからな。感謝する。大事な記録が取れた」
アモンドの顔が真っ黒になる。
「ふざけるな!!」
爆ぜた銃を地面に指し示す。
まるで死体に判決を下すみたいに。
「爆発を“記録”って呼ぶな!
それは殺人未遂のメモだ!!」
鍛冶屋は両手を上げた。
「俺は無実、ただの匠です」という仕草。
「弁償する、する」
背後から燧発銃を三丁取り出す。
その手際は、まるで最初から用意していたかのように滑らかだ。
「連射の感触が気に入ったなら、《物器要塞》に行け。
完成品のリボルバーがあるかもしれないし、武器や道具の種類も豊富だ」
「……物器要塞?」
アモンドの顔色が、一気に変わった。
恐怖ではない。
“そこには行きたくない”という、露骨な拒否反応。
「行く理由ないでしょ」
即座に言い訳を並べる。
「風が強い。人が多い。道が最悪。流行病もあるって聞くし……それに、酒がまずい!」
千里は目を細めた。
「どうした?青ざめたぞ」
「それに……」
アモンドは言葉を探す。
「私、あそこでは名声が良すぎて、崇拝されると面倒なの」
千里は目を細めたまま、顎に指を当てる。
「言ってる間ずっと顔が引き攣ってる」
アモンドは肩をすくめ、いかにも取るに足らない話題だと言いたげに鼻で息を吐いた。
「べつに……あっちの天気が嫌いなだけ」
一拍も置かず、会話を切り上げる。
「とにかく、行かない」
「行くしかない」
千里は、もらった火縄銃を腰に差す。
「この手の“札”を持たなきゃ、難しい依頼は取れない。
名声も積めない。《再造之国》にも届かない」
アモンドは数秒、彼を睨む。
“殴って連れ帰るコスト”を計算している目だった。
やがて、深くため息をつく。
「……分かった」
諦めたように手を上げる。
「なら護衛任務も付ける。さっき委託区で見た。物器要塞行き。
ついでに、道中で新人の匂いも落としてやる」
千里が笑う。
「新人の匂いって……どんな匂いだ?」
「焼きたての肉の匂い」
アモンドは、あまり善良とは言えない笑みを浮かべた。
「誰でも噛みたくなる」
彼女はもう千里を引っ張って戻り始めている。
「今は“地竜討伐に協力した”実績がある。
今なら強気で行ける」
千里は最後に一度、鍛冶屋を振り返った。
若い男は風の中に立ち、煤を顔につけたまま手を振る。
「良い旅を」
鍛冶屋は言う。
「最後に誰に噛まれたか、聞くのを楽しみにしてる」
――酒場の依頼区へ戻る。
【依頼:貨車三台の護送
行程四~六日/目的地:物器要塞
異常生物出没あり、熟練護衛を要す
雇主より駄馬・基本糧食支給
前金:一人六百
到着後:一二〇〇
※交戦時、脅威等級により追加報酬あり】
アモンドは確認するや否や、当たり券を掴むみたいに立ち去る。
「急ぐわよ。他の貧乏人に取られる前に」
集合場所は酒場外の厩舎脇。
簡易の天幕と、三台の貨車。
積荷は地味だ。
塩袋、鉄釘、麻布、樽、干し肉、油脂。
目立つのは“薬水”と書かれた箱くらいだが、
「止血」「解熱」「駆虫」と、字体はやけに真面目。
――奪う気の失せる荷。
帳簿を抱え、帽子を深く被った雇主が顔を上げる。
「面接か?」
「自分たちが適任だと思うか?」
アモンドは顎を上げる。
“適任です”専用の高さ。
「“適任”って言葉は、だいたい私のこと」
千里も顎を上げかけ、途中で不安になり、慌てて付け足す。
「地竜討伐に協力した記録があります」
雇主が一瞬、目を見開いた。
「お前が噂の……地竜を追って、まだ生きている外来者だと」
千里は咳払い。
「追ったんじゃなくて、追われたんです」
雇主は頷き、それ以上は聞かなかった。
「集合は一刻後。要塞外。
三台、四~六日だ」
――出発時、隊は揃った。
彼らの他に、傭兵が三人。
一人目は牛角を持つ男。
肌は暗く、引き締まった体。
戦斧を背負い、鉄柱みたいに立つ。
視線は人ではなく、地形と遠景に向いている。
千里が近づいた時、返事すらないかと思った。
「浮鉄」
低く、安定した声で名乗る。
二人目は、過剰なほど温和な双刀使い。
小柄で、顔立ちは柔らかい。
笑顔を絶やさないが、目の奥に“叱られ慣れ”の慎重さがある。
腰の短刀は二本。
雇主に呼ばれれば即「はい」。
アモンドが「縄取って」と言えば、紙に火が付いたみたいな速さ。
「……漂刃です」
声は空気を驚かせないほど軽い。
「ご一緒できて……本当に、ありがとうございます」
軽く頭を下げる。
起こるかもしれない全てに、先に謝るみたいに。
三人目は、木製の仮面を着けていた。
簡素な線で彫られ、露出した目は、少し見下ろす角度。
「旅牙。武器は槍」
平静な声だが、“自分の方が上だ”という含みがある。
全員、弱くはない。
そして“地竜討伐協力”という肩書きのおかげで、
千里は当然のように隊に収まった。誰も異議を唱えない。
初日は何も起きない。
二日目も同じ。
アモンドの口だけが休まない。
千里には「遅い」と文句を言い、
漂刃には「その笑顔ムカつく。殴られ待ち?」と言い、
漂刃が即座に謝ると、アモンドは鬱陶しそうに手を振った。
「謝らせないために罵ってるの! 分かる?」
漂刃は頷く。
「分かります。すみません」
「……」




