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不気味な転生  作者: ハイイ


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10/12

弱い

——三日後。


千里は酒場の宿泊部屋のベッドに寝転がり、天井を見つめていた。


目を開ければ、世界はもう「いつ死んでもおかしくない」から「なんだかんだ生きてて、しかも少し退屈」に切り替わっている。


胸の上下は滑らかで、肩の傷は痂になっている。四肢は重だるいが裂けるような痛みはもうない。しつこく居座っていた鈍痛さえ、無視できる隅に退いた。


「……この三日、寝ているばっか」

千里は小さく言った。時間が本当に前へ進んだのか、確認するみたいに。


脳が勝手に巻き戻しを始める。


弦之介が限界まで引き絞られた時の、歯の根が浮くような張り。空気が裂ける轟音。矢が貫いた瞬間、地竜がまるごと「生命のリズム」を失って止まった、あの断絶。


あれは単に強い、じゃない。


比較すること自体が失礼に思えるほどの、圧倒だ。


千里は目を閉じた。


すると、別の映像が割り込んでくる。


ロベルトの一撃。


あの一打は、正直、見事だった。角度もタイミングも判断も、文句の付けようがない。「人間の力」として、あれはほぼ上限だった。


問題はそこだ。


弦之介の一矢のあとでは、その一撃が……少し、余計に見えた。


「残酷な比較だな」

千里は独り言を落とし、ゆっくり息を吐いた。


「……俺、やっぱ弱い」


言い方は静かだった。

自暴自棄でも、発狂でもない。帳簿を全部つけ終えた人間が、結果表を見て「そもそも入札資格がない」と気づく、その平坦さに近い。


もし、あの時、要塞の近くじゃなかったら。


もし、あの異常を巡回していた連中が来なかったら。


もし次も、相手がアモンドと自分だけだったら。


どうする。


自分が何をやったかは分かっている。

その場での判断、地竜の足止め、騎士団が到着するまで耐え抜いたこと、そしてあの災害の中で生き残ったこと。

「新人の外来者」という基準で見れば、むしろ優秀だったと言っていい。


だが問題は、基準が引き上げられた瞬間に、成果そのものが意味を失うことだ。


あの戦場で、彼は「足りない」のではない。

「同じ次元に立っていなかった」のだ。


千里は手を上げ、自分の掌の胼胝と新しい傷を見た。

刃物を握る手はぶれない。痛みに耐えるのも異様に強い。

死の距離感も、少し鈍い。

卑怯で即席の判断も。


だがそれらは、すべて「平均よりやや上」の域を出ない。


才能が集まるこの場所で、彼には「勝敗を決める側」に立つ資格がなかった。


「チッ」


この無力感が嫌いだった。生きているのに、最初から「決める側」から外されている感覚。


「生命武器、か……」


低く呟き、舌先が無意識に奥歯を押した。


欲しい。


その言葉が浮かんでも、否定はしなかった。


次に“災厄”に遭った時、何で賭ける?

軍刀? 体力?

自分でも出所の分からない、あの異様な耐圧性?


敗北率は、確定だ。


その思考に引っ張られて、記憶がゆっくり巻き戻る。


――


あの夜、彼らは地竜の死体の近くをすぐには離れなかった。騎士団が区域を封鎖し、最低限の確認をする。地竜が完全に死んだこと、二体目の潜伏がないこと。


千里は石に腰を下ろし、臨時の外套にくるまっていた。頭はまだブンブン鳴っている。アモンドは隣でしゃがみ、残った装備を点検しながら口だけは止まらない。


「最悪すぎる」

彼女は歯を剥く。「生活費を稼ぐつもりが、全部溶けた」


「鬱だ……重傷状態……刀のツケも残ってる」

千里は弱々しく返す。「901の紙片……」


「901!?」

アモンドは即座に復唱した。「それ、騙されてない?」


千里「?」


「普通の軍刀で、作りが良くてもその値段はない」

指で空中に線を引くように示す。「よほどじゃなければ――」


彼女は悪い笑みを作る。


「鍛冶屋が『こいつ、絞りやすい顔』って思って、精神損失費を上乗せしたんでしょ」


千里が即座に噴き上がる。


「違う! あれはツケだ! 手数料込み! 情も込み!」


「情っていくら?」

アモンドが追撃。


「……不明」


「じゃあ絞られてる」

結論が速い。


そこへ菊江が、堪えきれず笑い声を漏らした。いつの間にか背後にいたらしい。


「お金のことで悩んでる?」

聞き方がやけに直球だった。


千里は否定しない。


菊江は少し考えるようにして、そして彼とアモンドが同時に固まる言葉を言った。


「……実は、報酬にできます」


「……報酬?」

千里の声がさっきよりはっきりする。「騎士団って、そういうの払わないんじゃ」


菊江は頷いた。


「ロベルトに頼めます」

落ち着いた口調。「今回の事件記録を、少し“整える”してもらうの」


柔らかい声なのに、妙に確信がある。


「報酬!」

アモンドは電気を浴びたみたいに前のめりになった。


「いくら? 誰が出す? 基準は? 期限は? 後で撤回とかない?」


質問が連打で飛ぶ。さっきまで命の不運を嘆いていた人間とは思えない。


菊江はその勢いに一瞬目を丸くし、すぐに笑ってしまった。

「あなたも口が多いのね」


「今回のあなたたちの行動は、厳密には『騎士団が外部に臨時協力を要請した』枠に入ります」

言い回しを選ぶように続ける。「正式文書はない。でも鎮殺の過程で、牽制と進路干渉をして、結果的に撃破につながった」


淡々とした口調。抜け道を作るというより、手順を述べているだけだ。


「私も外部の人間よ」


千里は思わず菊江を見る。


「騎士団じゃないの?」


「正規編制ではありません」

菊江は訂正する。「長期雇用、あるいは……借り上げです」


彼女は片手で戦場跡を指した。


「あなたたちが稼いだ時間がなければ、最適な討伐の瞬間は作れません。地中を走り回られて、コストは何倍にも膨らんでいたでしょう。」


アモンドが即座に要点を掴む。


「つまり、“偶然”を“要請”に書き換えて、“不運”を“貢献”に変える!?」


「臨時協力を要請した、という形にする」

菊江が受け取る。「外部が応じて牽制を行い、区域級脅威の撃破に協力した」


千里は喉が動いた。言葉になりかけて、最後に出たのは、いちばん実用的な一言。


「……で、いくら出る?」


アモンドが即座に乗る。ついでに刺す。


「彼の“情とサービス料込み”の刀、返せる?」


千里がその場で睨む。


「絞られたって言うな! 情があるんだ! 手数料もあるんだ! ツケが効くんだ!」


アモンドの冷笑は「自分から釣られに行った魚」を見る目だった。


菊江は笑いの沸点が低い。今回もまた堪えきれず、耳が小さく震れるほど笑ってから言った。


「三千くらい、かな」

目尻を拭う。「ロベルトがどれだけ“それっぽく”書けるか次第。署名さえあれば、区域級の外援協力として紙片を出すのは不自然じゃない。傷を治して、宿と食事に困らないくらいには」


その時、ロベルトが臨時の焚き火の方から歩いてきた。湯気の残る肉干しを片手に。兜は外し、こめかみに乾いた血の跡。見た目は凄惨なのに、声の調子は夕食の相談みたいに気軽だった。


「俺が“それっぽく”書けば出るのか?」

菊江を見る。「手伝ってくれよ。どう書けば『払わないと気まずい』流れになるか分からん」


アモンドが猫みたいに目を細める。匂いを嗅ぎつけた顔。


「騎士って、案外、人情の扱いが上手いんだね」


ロベルトは肩をすくめた。

「死を知っているからこそ、余地を残すことくらいわかる」


千里は余地も何も考えていなかった。脳内に残っているのは、できたての、脂の乗った新しい考え。


金。


「生き延びる金」じゃない。「ちゃんと暮らす金」だ。


千里は唇を舐め、声を低く押し込めたが、興奮は隠れない。


「……質問していい?」


視線が、菊江の背の弦之介へ向く。


弓は不気味なくらい静かで、眠っている肉と金属の塊みたいだった。だが弦は、ほとんど気づかないほど微細に収縮と弛緩を繰り返している。夢の中でも引かれているみたいに。


千里はそれを指差した。


「これ……買える?」


アモンドが「フッ」と鼻で笑う。

まるで、初任給を手にした貧乏人がいきなり艦隊を買おうとしているのを見た顔だった。

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