第三章 第九話 契約という名の刃
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冒険者ギルド本部の会議室は、いつになく重苦しい空気に包まれていた。
「……報告しろ」
年嵩の運営幹部が、苛立ちを隠そうともせずに言った。
「低ランク冒険者による依頼成功率が……異常です」
「異常?」
「はい。これまで失敗続きだった討伐依頼を、連続で成功させています。装備の質も、動きも……まるで別人です」
別の職員が、震える声で付け加える。
「それだけではありません。商工会が支援している冒険者たちが、依頼を断り始めています」
「は?」
「“借金の返済が厳しい”と……」
会議室がざわめいた。
商工会がスポンサーにつき、ギルドが優遇してきた冒険者たち。
割のいい依頼、上位ランクへの推薦、装備の斡旋。
すべてが噛み合っていたはずだった。
「そんなはずはない。あいつらには最新装備を回している」
「……それが、売られている形跡が」
「馬鹿な!」
幹部が机を叩く。
「装備を売る? 正気か!?」
「生活費と返済に回しているようです」
その瞬間、誰かが呟いた。
「……返済?」
会議室が、静まり返る。
――誰が、何を、貸している?
ギルドは知らない。
知らないはずだった。
その“仕組み”を。
◆
一方その頃。
教会の奥、静かな執務室で、ネコルトは羊皮紙を並べていた。
「……よし」
彼は深く息を吐き、指先で一枚の契約書をなぞる。
「これで、揃った」
教会の司祭は、少し距離を取って見守っている。
「随分と……複雑な契約ですね」
「ええ。複雑でないと、気づかれますから」
ネコルトは苦笑した。
「僕は、剣も魔法も使えません」
「……存じています」
「だから、商人として戦うしかない」
彼は、ゆっくりと説明を始めた。
「まず、商工会がスポンサーについた冒険者たち」
「彼らには、“魅力的な条件”で装備を貸しました」
「リボ払いです。毎月の支払いは安く見える。でも――」
ネコルトは指を立てる。
「元本は、ほとんど減らない」
「利息が、積み上がる」
司祭が、はっと息を呑んだ。
「つまり……」
「はい。強くなるほど、稼ぐほど、抜け出せない」
ネコルトの声は静かだった。
「高性能装備を維持するために、より危険な依頼を受ける」
「怪我をすれば、回復費用が増える」
「また借りる」
「――鎖です」
彼は、次の羊皮紙を示す。
「一方で、低ランク冒険者」
「こちらには、“借り手に有利な残価設定ローン”を使いました」
「残価……」
「ええ。装備の価値の一部を最初から差し引く」
「一定期間使えば、返済義務が軽くなる」
ネコルトは少しだけ、誇らしそうに言った。
「壊れてもいい」
「命さえ守れればいい」
「結果として――」
彼は両手を広げる。
「低ランク冒険者は、生き残り、経験を積み」
「スポンサー冒険者は、借金と義務に縛られる」
「……ギルドは、それを知らなかった」
「ええ。ギルドは“いつも通り”だと思っている」
ネコルトの目が、冷たく細められた。
「それが、一番のポイントです」
◆
冒険者ギルド。
依頼掲示板の前で、騒ぎが起きていた。
「なんで、あいつらがこの依頼を受けられるんだ!?」
「俺たちはスポンサー付きだぞ!?」
低ランクと呼ばれていた冒険者たちが、静かに言い返す。
「条件、満たしてますけど」
「装備も、規定内です」
ギルド職員は、混乱していた。
「おかしい……こんなはずじゃ……」
そこへ、一通の書類が届く。
「……何だ、これは」
運営幹部が目を通し、顔色を変えた。
「……契約?」
書類の末尾には、署名があった。
『金融商 ネコルト』
「……誰だ」
「……元・勇者一行の商人です」
沈黙。
幹部は、ようやく理解し始めた。
――自分たちは、殴られていない。
――剣も、魔法も、向けられていない。
だが。
「……契約で、首を絞められている」
誰かが、呻くように言った。
◆
教会で、ネコルトは小さく呟いた。
「これは、まだ前菜です」
勇者一行を切り捨てた場所。
恩を、利益で踏みにじった場所。
「冒険者ギルドは、“崩れる”」
彼の脳裏に、フォードの笑顔が浮かぶ。
ミーニャの真剣な目。
クリフの背中。
ナリアの、不器用な優しさ。
「……待っててください」
ネコルトは、静かに拳を握った。
「奪われたものは、全部」
「――権利として、取り戻します」
物語は、もう後戻りできないところまで来ていた。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




