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完結済『勇者一行を捨てた王国を、金融商が契約で追い詰める 〜残価設定ローンで復讐しながら、魔王から勇者も救い出します〜』  作者: ほまれ


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第十九章 第七十七話 倒れた聖女と、二人の記憶

お読みいただきありがとうございます。

是非最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。

 聖杯から溢れた白い光が、封印の魔法陣へと流れ落ちていく。

 床の紋様が、呼吸するように脈打つ。

 その中心で。

 クエラは、真っ青な顔で倒れていた。

「クエラ!」

 フォードが駆け出す。

 ネコルトも同時に動く。

 だが、手を伸ばすより先に――

 記憶が、押し寄せた。


 ――初めて会った日のことを思い出す。

 村長の息子として、孤児院を見てこいと父に言われただけだった。

 面倒な仕事だと思っていた。

 廊下の奥に、ひとりで座っている少女がいた。

 笑わない。

 泣かない。

 怒りもしない。

「……変なやつ」

 それが最初の感想だった。

 なのに。

 気づけば、また見に行っていた。

 また話しかけていた。

 また誘っていた。

 笑わせたいと思った理由は、分からない。

 ただ、あの無表情が妙に気になった。

 森に行った日。

 うさぎを追いかけて走ったのは、自分だ。

 格好つけたかった。

 クエラの晩飯になるとか言いながら、本当は――

「すげえって言ってほしかっただけだろ……」

 大ネズミが出た時、足が震えた。

 怖かった。

 逃げたかった。

 でも、後ろにクエラがいると気づいた瞬間、

 逃げるという選択肢が消えた。

 倒した後、クエラは笑った。

 安心したように。

 ほっとしたように。

 そして――

「ありがとう」

 自分のせいで危険に遭わせたのに、礼を言われた。

 頭が真っ白になった。

 あの笑顔が、胸の奥に焼き付いた。

 あの日から、三人でいる時間が増えた。

 ネコルトと、クエラと。

 楽しかった。

 何でもない時間が、やたらと楽しかった。

 十二歳の儀式の日。

 自分は剣士。

 ネコルトは商人。

 普通だった。

 クエラだけが、違った。

「聖女」

 周りの空気が変わった。

 村人の目が変わった。

 自分の立ち位置が、急に低くなった気がした。

 置いていかれる。

 遠くへ行ってしまう。

 初めて、怖くなった。

 守ると言いながら、

 本当は――置いていかれたくなかった。

 旅に出ると言った時、

 両親を説得してくれたのはクエラだった。

「私が面倒を見るから」

 その言葉に、情けないほど安心した。

 守る側のはずなのに、

 守られていた。

 だから強くなった。

 必死で鍛えた。

 勇者にまでなった。

「やっと、並べたと思ったんだ……」

 でも違った。

 ザルヴァトに奪われた時、

 手が届かなかった。

 視界の中で、クエラの手が離れていった。

 あの時の感触が、まだ残っている。

 細くて、軽くて、

 持っていなかったみたいに消えた。

「守れなかった……」

 強くなったつもりだった。

 勇者になったつもりだった。

 でも、あの頃と何も変わっていなかった。

 胸が締めつけられる。

 息が苦しい。

 それでも足は止まらない。

 倒れているクエラに、手を伸ばす。

「……今度こそ」

 自分に言い聞かせるように、

 フォードは呟いた。


 ネコルトもまた、クエラの傍へ歩み寄りながら、過去を辿っていた。

 最初に見た時の印象は、感情ではなく「状態」だった。

 表情の動かない子供。

 視線の焦点が合わない。

 返答が遅い。

 孤児院に物資を届けに行った日、

 棚の陰でじっとしている少女を見て、そう判断した。

「……閉じている」

 心が、ではない。

 世界への反応が、だ。

 話しかけても短い返事しか返らない。

 笑わない。

 困らない。

 頼らない。

 だが、ある日。

 帳簿を書いている横に、そっと座った。

「……これ、なに?」

 初めて、向こうから声をかけてきた。

 それだけで、距離が一歩縮んだ気がした。

 勉強を教えた。

 文字の読み方。

 数の数え方。

 武具の扱い方。

 理解が早かった。

 努力というより、処理が速い。

 そして意外なことに、

 一番気に入ったのは剣でも槍でもなく――

「これ、いい」

 父がこっそり仕入れた魔法銃だった。

 非効率の塊。

 魔力があるなら魔法を使った方がいい。

 商売的にも扱いづらい品。

 だがクエラは首を振った。

「これ、早い」

 理由は単純だった。

 詠唱がいらない。

 照準だけで済む。

 理にかなっている。

 それだけだった。

 ネコルトは、その日から小遣いを貯め始めた。

 計算した。

 必要額。

 月の収入。

 現実的な期間。

 三年。

 短くはない。

 だが、長すぎもしない。

 家業を手伝った。

 荷運びを増やした。

 値切り交渉を覚えた。

 渡した日のことを、よく覚えている。

 箱を開けた瞬間、

 クエラの目が、ほんの少しだけ見開かれた。

 次の瞬間。

 笑った。

 大きくはない。

 派手でもない。

 だが、あの森の日とは違う笑顔だった。

「……ありがとう」

 それで十分だった。

 フォードが妙に落ち着かなかったのも覚えている。

 理由は当時も分かっていたが、口には出さなかった。

 自分には、恋愛感情はなかった。

 感情の分類としては、家族に近い。

「手のかかる妹」

 それが、最も近い言葉だった。

 十二歳の儀式の日。

 “聖女”の文字を見た瞬間、

 胸の奥が冷えた。

 栄誉ではない。

 未来の計算だった。

 危険。

 政治。

 宗教。

 期待。

 すべてが、彼女に集中する。

 旅に出ると決めたのは、衝動ではない。

 必要条件の整理だった。

 戦闘力は低い。

 だが、補給はできる。

 交渉もできる。

 物資も回せる。

「商人だから出来ることがある」

 あの時そう言ったのは、嘘ではない。

 だが。

 本音は別にあった。

 計算では出てこない理由。

「放っておけなかった」

 それだけだ。

 両親も、教会も、フォードも反対した。

 理解はできた。

 だが、理解と選択は別だった。

 覚悟は、その時に済ませたはずだった。

 それでも今、胸の奥にあるのは焦りだ。

 クエラの手に触れる。

 冷たい。

「……諦めませんよ」

 声は小さい。

 だが、揺れない。

 理屈ではなく、意志だった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

いかがだったでしょうか。

ぜひ、感想やコメントをもらえたら嬉しいです。

また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。

そちらもよろしかったらご一読ください。

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