第十六章 第六十五話 過労神、降臨
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天聖府の地下深部。
降臨碑を囲む魔法陣は、数日前とは比べものにならないほど安定していた。
刻まれた溝には光が満ち、石碑に刻まれた古代文字は、もはや隠す気もないように本来の意味を露わにしている。
祈りではない。
賛美でもない。
これは――呼び出し文だ。
「……準備、完了です」
ライブが、息を吐いた。
魔力の消耗は激しいが、声はぶれていない。
教皇はゆっくりと頷く。
「長かったですね」
「ええ」
ネコルトは石碑から手を離し、全体を見渡した。
「条件は揃っています」
「魔法陣、座標固定」
「降臨先の負荷分散も完了」
「これ以上は、理論上ありません」
理論上、という言葉に含まれる不安を、誰も口にしない。
教皇は一歩、前へ出た。
両手を胸の前で組み、深く、深く息を吸う。
「――混沌神カオス」
その名が呼ばれた瞬間。
空気が、弛んだ。
張り詰めるでも、圧し潰すでもない。
ただ、世界そのものが「まあいいか」と肩を落としたような感覚。
魔法陣が、ゆっくりと回転を始める。
光は白でも黒でもない。
七色が混ざり合い、定まらないまま揺れている。
そして。
「……あー……」
間の抜けた声が、響いた。
「やっと呼んだ?」
光の中心に、影が立つ。
いや、立っているというより、適当にそこに居る。
長い髪。
整っているのに、どこか締まりのない顔立ち。
豪奢な神の装い……のはずが、よく見ると着崩れている。
そして何より。
――目の下の、隈。
「……」
教皇が、言葉を失った。
カオスは、首を鳴らし、周囲を見回す。
「久しぶりだなあ、人の世界」
「……相変わらず、面倒そうな顔してるね」
その視線が、教皇で止まる。
「で?」
「今度は何?」
「また“世界がやばいです助けてください”?」
教皇は、ゆっくりと膝をついた。
「お久しぶりでございます、カオス様」
「はいはい」
「形式いいから」
カオスは手をひらひら振る。
「それよりさ」
「ちょっと聞いてくれる?」
誰も答えない。
だが、カオスは気にしない。
「もう限界なんだよね、私」
空気が、凍る。
「本来さ、私って自由担当なの」
「変化とか、偶然とか、予想外とか」
「面白そうなら、世界ちょっと壊して、また作り直す係」
指を立てて数え始める。
「なのにさ」
「秩序担当がいないから」
「今、全部私」
ネコルトの眉が、わずかに動いた。
「天候のバランス」
「文明の発展速度」
「滅びない程度の戦争管理」
「種族間の調整」
カオスは肩を落とす。
「休み、ゼロ」
「遊び、ゼロ」
「自由? なにそれ」
そして、ふっと笑った。
「だからさ」
「久しぶりに呼ばれて、ちょっとワクワクしたんだよ」
その目が、楽しそうに細まる。
「何か面白い事態かなって」
「世界がひっくり返るとか」
「新しい可能性とか」
教皇は、意を決して告げた。
「……秩序神コスモが、復活しかけています」
一瞬。
本当に一瞬だけ、カオスの表情が止まった。
そして。
「あー……」
心底、面倒くさそうな声。
「それかあ……」
溜息。
深く、長い溜息。
「正直さ」
「復活してくれても、別にいいんだけど」
空気が、ざわつく。
「だってさ」
「世界は、たぶん滅びるけど」
カオスは、あっさり言った。
「私の仕事、減るし」
教皇の指が、わずかに震える。
「コスモが戻れば」
「秩序は彼が管理する」
「私はまた、自由に戻れる」
カオスは、楽しそうですらあった。
「世界が壊れるかもしれない?」
「まあ、それも一つの形だよね」
その瞬間。
「――少しよろしいでしょうか」
静かな声が、割って入った。
ネコルトだった。
彼は一歩前に出て、深く頭を下げる。
「カオス様」
そして、顔を上げる。
「一つ、前提を整理させてください」
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




