第十五章 第六十一話 覚醒の連鎖
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戦線は、崩れる寸前だった。
白き異形の天使たちは、倒しても終わらない。
斬っても、砕いても、燃やしても、白い肉が蠢き、骨が組み替わり、形が“戻る”。
それでも。
崩壊の縁で踏みとどまっている理由が、ひとつだけあった。
――イグナーツが、勝っていた。
「下がるな。散るな。崩れるな」
異端審問官長官は、聖騎士たちの前に立つ。
白銀の鎧の上からでも分かるほど、身体が熱を帯びていた。
天使が三体、同時に襲いかかる。
翼の刃。
ねじれた腕。
腐肉の槍。
だがイグナーツは、一歩も退かない。
踏み込み。
拳。
肘。
膝。
鈍い破裂音と共に、天使の頭部が潰れる。
胸が砕ける。
胴が沈む。
剣ですらない。
ただの肉体で、異形を粉砕していく。
神殿騎士の一人が、呆然と呟いた。
「……勝ってる……」
「当然だ」
イグナーツは息も乱さず言った。
「神の思召しのまま、鍛えたまで」
そして、彼は天使の残骸を踏み砕きながら続けた。
「技だの術だのが必要になるのは、鍛え方が足りないからだ」
「神が何かなど関係ない」
「ただ居てくださるカオス神を信仰するのみ」
その瞬間だった。
イグナーツの胸の奥で、何かが“繋がった”。
――通じた。
――この肉体が。
――この信仰が。
――この教えが。
異形の天使に、通じた。
「……ああ」
彼の口元が、わずかに歪む。
「正しかった」
信仰心が、炎のように燃え上がる。
身体の内側から、さらに強い力が湧き上がった。
「……カオス神よ」
低い祈り。
その瞬間、イグナーツの肉体が“重く”なる。
筋肉が膨張したわけではない。
存在そのものが、圧力を持つ。
天使が一体、距離を詰めた。
イグナーツは、拳を握り――
「砕けろ」
殴った。
衝撃は拳からではなく、空間ごと叩き割ったように広がった。
天使の上半身が、粉のように散る。
周囲の天使が、わずかに怯む。
それを見た神殿騎士団の士気が、持ち直した。
「長官が……さらに……!」
「神の御名のもとに……!」
だが。
それでも戦場全体は、まだ押されていた。
ネコルトは歯を食いしばり、全体を見ていた。
勝っている局所はある。
だが、敵の数が多すぎる。
「……このままじゃ」
押し切られる。
その時。
クリフが、ふっと息を吐いた。
「……見えてきた」
「何がです」
ネコルトが問う。
クリフは槍を構えたまま、天使を見つめる。
目の焦点が、外側ではなく“内側”に合っていた。
「流れだ」
「白い殻の奥に……筋がある」
彼の身体から、闘気が滲み出す。
いつもの“強化”とは違う。
全身に薄く広がり、皮膚を覆う膜になる。
鎧のように。
もう一枚の皮膚のように。
「……核がある」
クリフの声が低くなる。
「そこを断つ」
次の瞬間、槍が走った。
天使の胸部。
白い外皮のさらに奥。
“神聖力の渦”の中心を貫く。
――直撃。
天使の身体が、痙攣した。
戻らない。
白い肉が蠢こうとして、止まる。
骨が組み替わろうとして、崩れる。
再生が、起きなかった。
「……消えた?」
フォードが目を見開く。
「再生を止めたのか、今の」
クリフは短く言った。
「戻る仕組みを、切った」
その言葉が落ちた瞬間。
フォードの顔が変わった。
理解が、点火する。
「……仕組み」
ピサラも、目を細めて笑った。
「力比べじゃなくて、構造壊しね」
そして二人は、恐ろしいほど自然に“真似を始めた”。
フォードは剣を振る。
ただ斬るのではない。
“核の位置”を探るように、刃の角度を変える。
ピサラは魔力を放つ。
押し潰すのではない。
“流れの結び目”を裂くように、圧の掛け方を変える。
天使が、倒れ始めた。
戻らずに。
戦場が、ざわめく。
「……効いてる?」
「今の、終わったぞ!」
だが、その歓声はすぐに潰れる。
ナリアが、崩れた。
拳で殴り飛ばし、ブレスで焼いた。
それでも戻る天使を前に、膝が震える。
「……通じない……」
毒竜王から託された力。
世界を守るための切り札。
それが――届かない。
「……私、何のために」
その時。
内側から、声が響いた。
『――泣き言を言うな』
低く、頑固な親父の声。
ナリアの瞳が跳ねる。
「毒竜王……!」
『お前は、力を撃って満足しておるだけだ』
『龍である意味を履き違えるな』
ナリアの呼吸が止まる。
『龍が龍であることの意味は』
『龍気を扱えるかどうかじゃ』
「……龍気」
『気で殺せ』
『当てるだけでいい』
『込めた体術なら、圧倒できる』
ナリアの身体の奥で、何かが燃え上がった。
毒でも魔力でもない。
“龍である証明”が、血に混じって流れ出す。
ナリアが立ち上がる。
天使が突っ込んでくる。
ナリアは拳を構え――
殴った。
ただの体術。
ただの一撃。
だが、拳から放たれた龍気が、天使の外皮を“焼く”ように侵した。
核に届く。
天使が崩れ、戻らない。
「……通じた」
ナリアの声が震える。
「……私の、気が」
次の瞬間、彼女は踏み込んだ。
龍気を纏った拳技が、連打で天使を粉砕していく。
圧倒。
戦場の空気が変わる。
その横で、ミーニャが歯を噛み締めていた。
忍具は効く。
だが決め手にならない。
「……殺し切れない……!」
ネコルトが叫ぶ。
「ミーニャ! その使い方、半分です!」
「……は!?」
「忍具は技じゃない。意味を乗せろ!」
ミーニャの脳裏に、祖母の手がよぎる。
一度だけ見せられた、里の秘術。
『忍びは斬らない』
『ほどくんだ』
「……っ」
ミーニャの指が、走る。
忍糸が伸びる。
縛るのではない。
結び目をほどくように絡みつく。
「――忍法・解織!」
天使の身体が、ばらりと崩れた。
肉も骨も、流れも、意味も。
分解される。
再生しない。
ミーニャは自分の手を見つめ、笑いそうになって泣きそうになった。
「……できた……」
ライブは、限界だった。
ダイアンを守る。
ヘトルビースを守る。
両方を支え続けて、魔力が裂けそうだった。
「……くそ……」
天使が二体、同時に突っ込む。
ダイアンが受ける。
ヘトルビースが翻弄する。
だが、どちらも押される。
「……間に合わない……!」
その瞬間。
ライブの中で、常識が壊れた。
「……魔法は一つずつって」
「……誰が決めたのよ!!」
詠唱が重なる。
強化と付与。
二つの魔法を同時に走らせる。
空間が震える。
ダイアンの大槌が、淡い光を帯びる。
ヘトルビースの鉤爪が、異質な重さを持つ。
「……む?」
ダイアンが短く反応する。
「にゃっ……?」
ヘトルビースの目が見開かれる。
二人が踏み込む。
ダイアンの一撃が、天使の胴を砕き――戻らない。
ヘトルビースの鉤爪が、核を裂き――戻らない。
「……効いたな」
ダイアンが短く言う。
「にゃはっ! 通じるにゃ!」
戦場で、初めて天使が“退いた”。
ほんの一歩。
ほんの一瞬。
だが確かに――恐怖が生まれた。
白き異形が、怯えた。
ネコルトは、その全てを見ていた。
クリフの闘気。
ナリアの龍気。
ミーニャの解織。
ライブの重層詠唱。
ダイアンとヘトルビースの突破。
そして、イグナーツの怪力と、燃え上がる信仰。
「……揃い始めた」
ネコルトの声が、低くなる。
「……勝てる」
その時。
空の上。
六枚の翼を持つ大天使が、静かに彼らを見下ろしていた。
口元が歪む。
「……興味深い」
「だが」
「理解したところで、遅い」
翼の奥。
さらに巨大な白い光が、うねり始める。
ネコルトが顔を上げる。
「……来るな」
世界が、息を詰めた。
次の段階。
白き異形の軍勢が、再び“形”を変えようとしていた。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




