第十五章 第五十八話 白き異形、降臨
長らくお待たせしました。
体調を崩してしまい、更新できませんでした。
最後まで書き上げましたので、お読みいただけると嬉しいです。
あと四十二話と四十三話を修正しています。
ご興味あれば読んでください。
天聖府外縁区画。
白亜の壁と尖塔に囲まれた広場は、もはや聖域ではなかった。
血が石畳の溝を伝い、砕けた武器と破損した聖具が散乱している。
ネコルトは、喉の奥に残る鉄の味を飲み込みながら振り返った。
「……まだ来る」
その先、神殿騎士団が再編を終え、隊列を立て直していた。
槍と盾、白銀の鎧。
信仰を刻んだ紋章。
そして先頭に立つ男。
異端審問官長官――イグナーツ。
彼は剣を肩に担ぎ、静かに歩み出る。
「逃走は無意味です」
その声は、怒気も憎悪も含まない。
ただの“宣告”だった。
「異端は、ここで終わる」
ダイアンが前に出て盾を構える。
ひび割れた盾の表面が、かすかに震えた。
「……完全に挟まれてるな」
ライブが呟く。
背後には、天聖府の外壁。
左右は狭い回廊。
正面には神殿騎士団。
ナリアは歯を噛み締めた。
「……逃げ場、ない」
ヘトルビースの耳が伏せられる。
「にゃー……詰みっぽいにゃ……」
ネコルトは、視線を巡らせる。
皆、限界に近かった。
血を流し、魔力を消耗し、体力も削られている。
だが。
退けない。
その瞬間だった。
――空が、鳴った。
雷ではない。
爆音でもない。
“裂ける”音だった。
全員が顔を上げる。
雲が、割れた。
裂け目の奥から、白い光が流れ出る。
「……?」
空気が、冷える。
白い何かが、落ちてくる。
羽。
いや、翼。
無数の白い翼が、空を埋め尽くしていた。
「……天使、だ……」
神殿騎士の一人が、震える声で呟いた。
白を基調とした体躯。
金の輪。
淡く発光する外皮。
遠目には――
あまりにも神聖だった。
「天使様だ……!」
「神が……神が我らをお救いくださった!」
「見ろ……光ってる……!」
神殿騎士団に、歓声が走る。
剣を下ろす者。
膝をつく者。
涙を流す者。
「神は我らを見捨てていなかった……!」
ネコルトは、嫌な予感しかしなかった。
「……おかしい」
ナリアも、眉をひそめる。
「……あれ、違う」
天使たちは、ゆっくりと降下してくる。
近づくにつれ――
違和感が、形を持ち始めた。
翼の付け根から、ねじれた骨が露出している。
腕の数が合わない。
指が多すぎる。
ある個体は、人間の顔と獣の顎が融合していた。
白い外皮の裂け目から、腐肉色の内側が覗く。
血管。
筋繊維。
不規則に脈打つ臓器。
「……な……」
神殿騎士の一人が、言葉を失う。
「……何だ、あれ……?」
「天使……なのか……?」
ざわめきが、不安へ変わる。
そして。
一体が、前に出た。
他よりも一回り大きく、六枚の翼を持ち、歪んだ光輪を戴いている。
その口が、開いた。
「――ネコルト一行」
声は澄んでいた。
あまりにも。
「我が主、暗黒神官ザルヴァトの命により」
「貴様らの抹殺を宣言する」
ネコルトは舌打ちした。
「……やっぱり来たか」
大天使は、視線を巡らせる。
神殿騎士団。
負傷者。
逃げ遅れた市民。
「……ふむ」
そして、淡々と告げた。
「人間も、全て殲滅対象とする」
――沈黙。
次の瞬間。
「……は?」
「……え?」
神殿騎士団に、動揺が走る。
「な……何を……?」
「天使、様……?」
隊列が乱れ、ざわめきが混乱へ変わる。
その中心で。
イグナーツが、一歩前に出た。
「――黙れ」
その声は、鋼だった。
場の空気が、凍る。
彼は、大天使を真っ直ぐに睨みつける。
「異形の化け物が、天使を名乗るな」
神殿騎士たちが、息を呑む。
「神の使いが、人を皆殺しにするなど、笑わせる」
イグナーツは剣を抜いた。
白い刃が、天使の光を反射する。
「よく見ろ」
「腐臭を放ち、骨を剥き出しにしたあれが」
「天使であるものか」
そして、断言した。
「――あれは、魔物だ」
その瞬間。
別方向から、叫び声が上がった。
「ネコルト!」
振り返る。
四人の影が、走ってきていた。
フォード。
ピサラ。
クリフ。
ミーニャ。
ネコルトの目が見開かれる。
「……生きてたか」
「そっちもな!」
フォードが叫ぶ。
その肩には、血まみれの教皇が担がれていた。
「説明は後だ!」
「聖杯が奪われた!」
「世界、最悪の方向に転がり始めてる!」
「……何だと?」
ネコルトが声を荒げた、その時。
大天使が、ゆっくりと翼を広げた。
「状況は整った」
白い風が、吹き荒れる。
「全軍」
無数の天使たちが、翼を開く。
「進撃」
神殿騎士団の悲鳴が上がる。
ネコルトは、歯を食いしばった。
「……来るぞ」
フォードが剣を抜く。
「ここで止める」
ピサラが、楽しそうに笑った。
「面白くなってきたじゃない」
クリフは無言で槍を構え、
ミーニャは煙玉を指の間に挟む。
イグナーツは、教皇の姿を見て目を見開いた。
「……聖下……?」
教皇は、血に濡れた顔で言った。
「イグナーツ」
「命じます」
「今は……共闘しなさい」
一瞬の沈黙。
イグナーツは目を伏せ、剣を構え直した。
「……御意」
白き異形の軍勢が、空を埋める。
神の皮を被った、殺戮の群れ。
戦闘は、今にも始まろうとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
ぜひ、感想やコメントをもらえたら嬉しいです。
また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




