第十四章 第五十四話 古書の中の真実と、変わらぬ覚悟
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魔王城の書庫は、夜でも薄明るかった。
天井近くに浮かぶ魔法灯が、柔らかく、しかし逃げ場のない光を落としている。
長机を囲むように、一行は集まっていた。
地図。
教会総本山の構造図。
街道の分岐点。
巡回ルートの推測。
そして、何冊もの分厚い古書。
「……つまり」
クリフが地図を指で叩いた。
「聖杯は、ここ。教会の最深部」
「警備は?」
ダイアンが低く問う。
「十字軍常駐している。」
フォードが答える。
「なら、暗黒神官は…」
「潜入してくるかな」
ミーニャが言う。
空気は、重い。
「……ひとつ、ずっと引っかかってるんだけど」
静寂を破ったのは、ライブだった。
「何?」
ミーニャが振り向く。
「邪神復活って言ってるのにさ」
ライブは机に肘をついた。
「鍵が全部、“神聖”なものなの、おかしくない?」
一瞬、誰も答えなかった。
「聖杯」
「聖杖」
「聖女」
「全部、“神聖”って呼ばれてるものじゃん」
空気が、わずかに張り詰めた。
「普通さ」
ライブは続ける。
「邪神って、もっとこう……呪いとか、瘴気とか、血の儀式とか」
「そういうのじゃないの?」
「なんで“聖”の名がつくものばっかりなの?」
その問いに。
誰も、すぐには答えなかった。
ピサラだけが、静かにページをめくっていた。
そして、ぱたりと本を閉じる。
「……いいところに気づいたね」
少女の姿の魔王は、穏やかに微笑んだ。
「その疑問を持った人間は、今までほとんどいなかった」
「……つまり」
ネコルトが言う。
「“神聖”の定義そのものが、歪んでいる?」
「そう」
ピサラは頷いた。
「もっと言えば」
「神聖力の源は――」
一瞬、言葉を区切る。
「“邪神”と呼ばれている存在、そのものだよ」
「……は?」
ミーニャが声を漏らした。
「ちょっと待って」
「どういう意味?」
「言葉通り」
ピサラは淡々と言った。
「この世界で“神聖”とされている力は」
「すべて、邪神由来」
静寂。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
最初に口を開いたのは、クリフだった。
「……それ、言葉遊びじゃないよな?」
「もちろん」
ピサラは立ち上がり、奥の棚から一冊の分厚い本を引き抜いた。
封皮は擦り切れ、文字はほとんど消えかけている。
「これは、魔王城に伝わる最古の記録の一つ」
机の上に置かれる。
どん、と低い音。
「今の神話が作られる前」
「世界が“何度も”作り直されていた頃の記録」
ナリアが、はっと息を呑んだ。
「……何度も?」
「そう」
ピサラは静かに頷く。
「この世界は、一度きりじゃない」
指でページを開く。
「何度も滅びて」
「何度も再生されている」
「……は?」
ミーニャが固まる。
「待って待って待って」
「世界、何周目?」
「正確な回数は不明」
ネコルトが即座に整理する。
「だが、少なくとも“複数回”」
「そう」
ピサラは続けた。
「そのたびに」
「この世界を作り直してきた神がいる」
彼女は、ゆっくりと言った。
「秩序神コスモ」
「混沌神カオス」
名前が、書庫に落ちる。
「双神は、対立する存在だった」
「でも、敵ではなかった」
ピサラは古書の挿絵を指差す。
そこには、二柱の神が並んで描かれていた。
幾何学的で整った光の神と、形の定まらない影の神。
「コスモは、秩序を愛した」
「成長」
「発展」
「安定」
「繁栄」
「カオスは、多様性を愛した」
「変化」
「混沌」
「衝突」
「再生」
「最初の世界は」
「本当に、うまくいっていた」
ピサラの声は、どこか遠い。
「でもね」
ページがめくられる。
「最後は、いつも同じ」
そこには、戦火の絵。
焼け落ちる都市。
死体の山。
「人類は、必ず争った」
「資源」
「思想」
「信仰」
「優劣」
「そして、世界は滅びた」
重い沈黙。
「双神は、そのたびに世界を再生した」
「何度も」
「何度も」
「……気が遠くなるな」
クリフが呟く。
「でも」
ピサラの声が低くなる。
「何度繰り返しても」
「人類は、同じ結末を迎えた」
ページが、まためくられる。
「コスモは、悩んだ」
挿絵には、光の神が人々に手を伸ばす姿。
「慈愛を与え」
「導こうとした」
「カオスは、別の方法を取った」
今度の絵には、魔族の姿。
「人類共通の敵を作れば」
「争いは止まると考えた」
「……それが、魔族?」
ミーニャが小さく言う。
「そう」
ピサラは頷いた。
「でも、どちらも失敗した」
ページが、ゆっくりと進む。
「人類は」
「慈愛を支配に変え」
「敵を作れば、また争った」
「そして」
ピサラは、そこで一度言葉を切った。
「コスモは、壊れた」
「……え?」
「彼は、世界を愛していた」
「何度も」
「何度も」
「何度も」
「それが」
「自分の愛する存在に、壊され続けた」
静かに。
だが、確実に。
「そして、彼は結論を出した」
ピサラの瞳が、わずかに細まる。
「“人類こそが、秩序を乱す存在だ”」
空気が、凍った。
「“世界を守るためには、人類を排除するしかない”」
誰も、口を開けなかった。
「……それが」
ネコルトが言う。
「邪神?」
「そう」
ピサラは頷いた。
「秩序神コスモ」
「人類抹殺を決断した瞬間から」
「“邪神”と呼ばれるようになった」
「……じゃあ」
ミーニャの声が震える。
「正神は……」
「混沌神カオス」
ピサラは静かに言った。
「彼は、人類を守ろうとした」
「矛盾も」
「愚かさも」
「争いも」
「全部込みで」
「だから」
「コスモと戦い」
「封印した」
書庫に、重たい沈黙が落ちる。
「……待って」
ライブが呟いた。
「それって」
「善と悪、逆じゃん」
誰も、否定しなかった。
「善悪なんて」
ピサラは静かに言った。
「後から決められた“物語”だよ」
「勝った側が、正義になる」
「……」
「神聖力は」
彼女は続ける。
「もともと、コスモの力だった」
「秩序」
「安定」
「固定」
「完全」
「だから」
ネコルトが理解した。
「洗脳や支配と相性がいい」
「正解」
ピサラは微笑む。
「聖杯も」
「聖杖も」
「聖女も」
「すべて」
「秩序神の遺産」
「それを使って」
「彼を復活させようとしているのが」
「暗黒神官」
空気が、重く沈む。
「……最悪じゃん」
ミーニャが吐き捨てた。
「……つまり」
クリフが言う。
「俺たちは」
「神話そのものと戦う」
ネコルトが静かに続けた。
「世界の“物語”を」
「書き換える戦いです」
ピサラは、穏やかに微笑んだ。
「その通り」
そして、彼女は問いかけた。
「……それでも」
「行く?」
空気が張り詰める。
「神話の真実を知って」
「正義が揺らいで」
「教会も」
「神も」
「全部が嘘かもしれない」
「それでも」
「クエラを助けに行く?」
ミーニャが、即答した。
「当たり前でしょ」
「神話がどうとか」
「知らないし」
「友達が捕まってる」
「それだけ」
クリフが肩をすくめた。
「俺も同じ」
「世界がどうとか」
「正直、後」
「今は」
「目の前の人間を助ける」
ダイアンが頷いた。
「仲間だ」
「それ以上の理由はいらない」
ライブは、静かに言った。
「神がどうとか」
「正直、興味ない」
「でも」
「利用されてる子は」
「許せない」
ヘトルビースが、尻尾を揺らした。
「にゃー」
「仲間を助ける」
「それだけにゃ」
ネコルトは、ピサラを見た。
「……合理的です」
「救出対象が明確」
「敵の目的も明確」
「行動理由として」
「十分です」
ピサラは、少し驚いた顔をして。
そして。
笑った。
「……なるほど」
「いいね」
「本当に」
彼女は、立ち上がった。
「神話より」
「仲間」
「世界の理より」
「目の前の人」
「それでこそ」
魔王は、言った。
「私の好きな連中だ」
空気が、少しだけ軽くなった。
しかし。
決意の重さは、消えなかった。
「明日」
ピサラは言った。
「作戦開始」
「聖杯を守る」
「クエラを救う」
「そして」
「暗黒神官を捕まえる」
「覚悟はいい?」
全員が、頷いた。
神話がどうであれ。
世界がどうであれ。
彼らの答えは、変わらない。
仲間を、助ける。
それだけだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




