第十二章 第五十一話 帰還
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最初に戻ってきたのは、音だった。
風が鳴る。
遠くで何かが崩れる。
誰かの声が、混じる。
「……ナリア……」
名前を呼ばれた。
それが、はっきりと自分の名前だと分かるまでに、少し時間がかかった。
ナリアは、ゆっくりと目を開けた。
そこは、壊れた研究施設の中央。
ひび割れた床。
崩れかけた柱。
そして――
「……あ」
視界の端に、自分の手が見えた。
鱗じゃない。
爪じゃない。
人の手だった。
ナリアは、息を呑んだ。
「……戻って……」
喉が、うまく動かない。
起き上がろうとして、よろける。
その瞬間、体がふわりと浮いた。
「――っ」
反射的に、力を入れた。
すると。
ぶわり、と。
魔力が膨らみ、背中に違和感が走る。
「……え」
ナリアは、自分の影を見た。
影が、人型じゃない。
肩から翼の輪郭。
頭の上に、角。
背骨に沿って、淡く光る鱗。
「……龍人……?」
完全な龍でもなく、人でもない。
でも――
理性はある。
感情もある。
記憶も、全部、ある。
「……私……」
胸に手を当てる。
鼓動がある。
温度がある。
「……生きてる……」
その言葉を口にした瞬間、涙が落ちた。
ぼろぼろと。
止まらずに。
ナリアは、崩れるように膝をついた。
怖かった。
苦しかった。
何もできなかった。
自分が自分じゃなくなるのを、ずっと見ているしかなかった。
「……戻ってきた……」
そのとき。
「――ナリア!!!」
聞き慣れた声が、瓦礫の向こうから響いた。
瓦礫を越えて、最初に飛び込んできたのは――
「ナリア!!!」
ミーニャだった。
次いで、息を切らしたクリフ。
盾を構えたままのダイアン。
そして――
「……戻りましたね」
ネコルト。
その声を聞いた瞬間、ナリアの胸がきゅっと締まった。
「……ネコ……ルト……」
名前を呼んだだけで、視界が滲む。
「……ほんと……ひどい……」
ナリアは、震える声で言った。
「勝手に……助けに来て……勝手に……命懸けで……」
「ええ」
ネコルトは、淡々と頷いた。
「あなたがそういう人だと、知っているので」
「……っ」
ナリアは、思わず笑った。
笑って、泣いた。
ミーニャが駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きしめる。
「よかった……! 本当によかった……!」
「……ミーニャ……」
クリフが、少し照れたように言った。
「……おかえり」
ダイアンは、短く。
「……無事でよかった」
その一言だけだったけど。
ナリアは、それで十分だった。
「……うん」
ナリアは、頷いた。
「……ただいま」
その瞬間。
魔力が、自然と揺れた。
ナリアの体が、淡く光る。
「……?」
驚く一同の前で、ナリアの姿が変わった。
鱗が引き、翼が消え、角が小さくなり――
いつもの、姫の姿に戻る。
「……え」
ナリアは、自分の手を見る。
次に、意識的に魔力を流した。
すると――
再び、龍人の姿。
「……あ」
もう一度、集中すると。
今度は、完全な龍の輪郭が一瞬だけ浮かび、すぐに戻る。
ナリアは、目を見開いた。
「……切り替え……できる……」
ネコルトが、静かに言った。
「……完全制御ですね」
ナリアは、少し困ったように笑った。
「……毒竜王がね」
その名前に、ネコルトの目が鋭くなる。
ナリアは、皆を見回してから、ゆっくりと言った。
「……全部、話す」
そして、息を吸った。
「……でも、その前に」
ナリアは、振り返った。
そこにいたのは――
魔王ピサラ。
そして、ヘトルビース。
ナリアは、ゆっくりと歩いた。
人の姿で。
姫として。
そして、一人の少女として。
ピサラの前に立つ。
「……ピサラ」
「ん?」
ピサラは、軽い調子で返す。
ナリアは、深く、深く、頭を下げた。
「毒竜王がね……最後まで支えられなかったって、謝ってた。」
ピサラは、一瞬、目を瞬いた。
それから。
「……なにそれ」
少しだけ、困ったように笑った。
ナリアは、顔を上げる。
「……でも」
まっすぐ見て。
「……楽しかったって」
「……あなたの王国に来て」
「……あなたと話して」
「……あなたの背中を見て」
「……本当に……楽しかったって」
ピサラは、しばらく黙っていた。
それから。
「だから……そのままの王でいてね」
ナリアは、微笑んだ。
「……無理して……強がらないで」
「……ちゃんと、周りを頼って」
ピサラは、少しだけ視線を逸らした。
「……ほんと、あの人はさあ」
小さく、鼻で笑う。
ナリアは、次にヘトルビースの前へ行った。
「……ヘトルビース」
彼は、何も言わなかった。
ただ、黙って立っていた。
「……これからは」
ナリアは、言った。
「……あなたが、ピサラを支えて」
「……魔王軍を、支えて」
ヘトルビースの拳が、わずかに震えた。
「……できるだろって」
ナリアは、にっと笑う。
「……あなたなら」
ヘトルビースは、目を伏せたまま。
「……にゃあ」
それだけ、答えた。
そして。
「――さて!」
突然、ピサラが手を叩いた。
全員が、びくっとする。
「積もる話もあるし!」
くるっと回る。
「全員ボロボロだし!」
満面の笑み。
「ここは魔王城へご招待しよう!」
「……は?」
ネコルトが固まる。
ミーニャが言う。
「……魔王城?」
クリフが首を傾げる。
「……敵地じゃない?」
ピサラは、胸を張った。
「うん!」
即答。
「でも今日は特別!」
指を立てる。
「お風呂もあるよ!」
「ベッドもあるよ!」
「ご飯も出るよ!」
「安全だよ!」
フォードが、横で手を挙げた。
「俺もいるし!」
「……なお不安だ」
ネコルトがぼそっと言う。
ナリアは、その様子を見て。
くすっと笑った。
そして。
もう一度、言った。
「……ただいま」
この言葉は、みんなに届いた気がした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




