第十二章 第四十八話 無茶を言う人と、守ってくれる人
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咆哮が、空間を裂いた。
かつて「ナリア」と呼ばれていた存在は、もはや人の形を保っていなかった。
黒と紫の魔力が渦巻き、鱗が肌を侵食し、角が歪に伸び、背からは半透明の龍翼が生え出している。
――狂龍。
理性を失い、破壊衝動だけで動く存在。
「ナリア……!」
ネコルトの叫びは、轟音に掻き消された。
狂龍化したナリアが振るった爪が、床を抉る。
衝撃波が走り、結界が悲鳴を上げた。
「くっ……!」
クリフが受け止め、弾かれる。
ミーニャが回避し、ダイアンが盾で衝撃を殺す。
――強すぎる。
加減などできる相手ではなかった。
「止めたい……でも……!」
ミーニャの声が震える。
「このままじゃ、殺される……!」
その様子を見て、大魔公爵は愉快そうに笑った。
「ははは! いい顔だ。実にいい」
腕を組み、満足そうに頷く。
「愛する者を壊すか、殺されるか。選択を迫られる顔は、何度見ても美しい」
ネコルトは、歯を食いしばった。
「……黙れ」
だがナリアは止まらない。
魔力の奔流が、矢のように放たれる。
その直撃を、ダイアンが盾で受けた。
「……っ!」
膝をつく。
「ダイアン!」
ミーニャが叫ぶ。
狂龍ナリアが、次の一撃を振り上げた――
その瞬間。
「……違う」
ネコルトが呟いた。
視線が、部屋の中央に縫い止められる。
魔法陣。
鎖。
首輪。
そして――
「……ライブ」
少女は、鎖に繋がれたまま、ぐったりと項垂れていた。
魔力が、吸われている。
否。
奪われている。
「……そうか」
ネコルトの目が、冷たく冴えた。
「ナリアは“核”じゃない。制御装置でもない」
顔を上げる。
「演算装置だ」
大魔公爵が、僅かに眉を動かした。
「ほう?」
「狂龍化した龍の力を制御・調整・安定化させるための――」
ネコルトは、確信をもって言った。
「賢者の魔力制御能力」
ミーニャが息を呑む。
「……ライブが?」
「ええ」
ネコルトは、歯を食いしばった。
「ナリアを止めるには、ライブが必要です」
そして、叫んだ。
「ミーニャ! あの鎖に、楔を打ってください!」
「了解!」
ミーニャが跳び出す。
だが――
「させるか」
大魔公爵が、指を鳴らした。
空間が歪み、ミーニャの進路を塞ぐ。
「……邪魔!」
ミーニャが歯を食いしばる。
その隙に、ネコルトが走った。
「ネコルト!」
クリフの声。
だが止まらない。
彼は、ライブのもとへ。
「無駄だ!」
大魔公爵が叫ぶ。
「その娘には隷属魔法がかかっている!」
「……ええ」
ネコルトは走りながら答えた。
「だからこそです」
そして、鎖に楔を打ち込んだ。
――カンッ!
金属音。
「なに……?」
大魔公爵が目を細める。
「ライブから、魔力を奪う構造が――」
ネコルトは言い切った。
「破綻しました」
「馬鹿な……!」
「ライブ!」
ネコルトは叫んだ。
「そんな魔法、さっさと突破してください!」
「あなたは――」
声が、震える。
「"出来る"でしょう!!」
その言葉に。
ライブの意識が、わずかに揺れた。
――まただ。
また、そう言われる。
“君なら出来るよ”
“天才なんでしょ?”
“魔法大学主席なんだから”
そのたびに。
ライブは頷いて。
期待に応えて。
でも。
出来なかった時。
皆、勝手に失望した。
勝手に。
「なんだ、たいしたことない」
「天才じゃなかったんだ」
……知らないくせに。
努力の量も。
得意と不得意も。
限界も。
全部無視して。
期待して。
失望して。
離れていく。
それの繰り返し。
だから。
人に興味がなくなった。
見下されるくらいなら、最初から関わらない。
それが、ライブの防衛だった。
なのに。
あの男は違った。
ネコルト。
「それは、理論的には可能ですね」
「ただし、今のあなたには魔力量が足りない」
「でも、術式を分割すれば――」
「時間はかかる。努力も必要」
「……それでも、出来ます」
“出来る”と言った。
“今は無理”とも言った。
その上で。
“努力 ensureで可能”と提示した。
――初めてだった。
正確に測られたのは。
持ち上げられもしない。
見下されもしない。
ただ。
“出来ること”と“出来ないこと”を分けられた。
腹が立った。
ムカついた。
でも。
どこか――
嬉しかった。
(……何なの、この人)
無茶を言う。
容赦がない。
でも。
「出来る」と言った。
“期待”Noticeではなく。
“判断”として。
そして。
もう一人。
ダイアン。
寡黙で。
不器用で。
口数が少なくて。
最初は、何考えてるのか分からなかった。
だから、からかった。
「ねえ、そんなに前に出て怖くないの?」
「痛いの嫌じゃないの?」
後衛の興味。
好奇心。
軽い気持ち。
返ってきた言葉は。
「……怖い」
意外だった。
「でも」
間。
「……俺が前にいないと」
視線を逸らしながら。
「……後ろが危ない」
それだけ。
それだけなのに。
胸が、ぎゅっとなった。
ライブは。
ずっと“頼られて”きた。
でも。
“守られた”ことはなかった。
当たり前だ。
天才。
賢者。
魔法使い。
皆、ライブを“後ろに置いて”。
“便利に使って”。
でも。
“守る対象”として見た人はいなかった。
なのに。
この男は。
何も言わず。
当たり前みたいに。
前に立った。
それが。
どうしようもなく。
新鮮で。
安心で。
……惹かれた。
「ライブ!!」
また、声。
今度は。
「早く戻れ!!」
ダイアンだった。
叫んでいた。
必死に。
懇願するように。
あの無口な男が。
ライブの胸が、痛くなる。
(……ずるい)
ネコルトは、無茶を言う。
ダイアンは、守る。
どっちも。
ずるい。
どっちも。
ライブの弱いところを突いてくる。
(……本当に)
(面倒な人たち)
だけど。
だから。
ここにいる。
「ライブ!」
ネコルトの声。
「鎖を壊した!」
「魔力供給の回路は遮断した!」
「残りは――」
はっきりと言った。
「お前自身だ!」
無茶振り。
いつも通り。
容赦なし。
ライブは、笑いそうになった。
(……ほんと)
(この人)
(平然と、無茶言う)
昔、言われた言葉が蘇る。
『あなたなら出来るでしょう』
『努力は必要ですが』
『私は、出来ると思ってます』
腹が立った。
ムカついた。
でも。
――嬉しかった。
期待じゃない。
評価だったから。
「……しょうがないな」
ライブは、呟いた。
霧の中で。
意識を、集中させる。
隷属紋様。
命令構文。
魔力干渉。
構造を――
読む。
解析。
分解。
書き換え。
「……ほんと」
唇が動く。
「……軽く無茶言いやがって」
だが。
目が、はっきりと開いた。
「でも」
微笑む。
「……出来るって言われたら」
「……やるしかないじゃん」
魔力が、爆発的に膨れ上がった。
鎖が、軋む。
隷属紋様が、ひび割れる。
「な――」
大魔公爵が、目を細めた。
「解除、だと?」
ネコルトは、にやっと笑った。
「だから言ったでしょう」
「彼女は、“出来る”って」
そして。
ライブの瞳が、完全に覚醒した。
それを見たダイアンは、思わず一歩踏み出した。
「……戻ってきた」
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




