第十二章 第四十六話 わからなかった、ということ
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——暗い。
冷たい。
重い。
意識の底で、ライブはゆっくりと目を覚ました。
……目は、開いているはずなのに、何も見えない。
いや、違う。
見えている。
けれど、それが“現実”なのか、“夢”なのかが、わからない。
身体が、動かない。
首輪。
鎖。
身体に刻まれた、隷属紋様。
それらが、思考を鈍らせる。
「……また、ここか」
そう呟いたはずなのに、声は出なかった。
代わりに——
意識が、過去へと沈んでいった。
***
——魔法大学。
そこは、ライブにとって唯一“落ち着く”場所だった。
本、魔法陣、理論式、術式の構造。
人より、ずっと分かりやすい。
人は、分からない。
感情で動く。
理屈が通らない。
矛盾する。
嘘をつく。
裏切る。
だからライブは、研究だけしていればよかった。
理解できるものだけを相手にしていればよかった。
そんなある日。
研究室の扉が、乱暴に開いた。
「なあ! この大学にすげー魔法使いがいるって聞いたんだけど!」
無遠慮な声。
赤毛の青年。
後ろに、何人か。
——それが、勇者一行だった。
「……誰」
ライブは顔も上げずに言った。
「俺はフォード。で、こいつらが——」
「用件を」
遮る。
フォードは一瞬きょとんとした後、笑った。
「封印された洞窟の結界を解いてほしい」
ライブの手が止まる。
「……封印?」
「そう。古代魔法っぽくてさ。俺たちじゃ歯が立たん」
——古代魔法。
その単語に、胸がわずかにざわついた。
好奇心。
それだけだった。
「……条件がある」
「なんだ?」
「私も同行する」
「え?」
「結界の構造を、現地で見たい」
フォードは一瞬考えたあと、にっと笑った。
「いいじゃん! 仲間だ!」
——この時点で、ライブはまだ、
“人と旅をする”という意味を理解していなかった。
***
旅の途中。
ライブは、何度も思った。
——やっぱり、分からない。
フォードは、感情で動く。
クリフは、無口。
ミーニャは、うるさい。
誰も、魔法理論に興味がない。
「ねえ、これ見て! この魔法陣、左右非対称で——」
「すげーなー!」
理解していない。
けれど、褒める。
それが、余計に分からなかった。
——私は、分かる人と話したい。
そう思っていた時だった。
「……なるほど」
後ろから、静かな声。
振り返ると、ネコルトがいた。
紙に、勝手に式を書き足している。
「この部分、二重構造になってますね。だから、魔力効率が——」
「……なに、それ」
ライブは、思わず口にした。
「え?」
「……私と同じところ、見てる」
ネコルトは一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに頷いた。
「当然です」
「……」
「この結界、魔力の三重構造になってますよね」
——気づいていた。
自分と同じことを。
ライブの胸が、微かにざわついた。
「……なら、解除できるでしょ」
「理論上は」
「理論上?」
「僕、魔力ほとんどないので」
「……は?」
その会話を、フォードが聞いていた。
「まあ、そうだな」
「ちょっと、フォード!」
「口ばっかじゃん」
ライブは、思わず言った。
フォードは大きく頷いた。
「うん」
「……」
「でもさ」
フォードは、肩をすくめて言った。
「ネコルトにしか出来ないこと、めちゃくちゃ多いんだぞ」
「……何それ」
「敵も倒せないし、魔法も使えない」
ネコルトは黙っていた。
フォードは続けた。
「でもさ、俺たちが“進める”のは、あいつのおかげだ」
「……」
「すげーんだよ、あいつ」
そう言って、フォードは笑って去っていった。
——意味が、分からなかった。
でも。
気になった。
“分からない”という感覚自体が、久しぶりだった。
***
それから、ライブはネコルトを観察するようになった。
戦えない。
でも、誰よりも先を見ている。
危険を察知する。
罠を読む。
人の心を読む。
……分からない。
どうして、この人は、
こんなに弱くて、
こんなに頼られているのか。
——分からない。
でも。
“知りたい”と思った。
それが、初めてだった。
***
「……だから」
現在。
暗闇の中で、ライブは思考を取り戻す。
「……私は……」
隷属魔法。
強制命令。
思考抑制。
感情遮断。
——構造は、分かる。
三重。
逆流式。
自己修復型。
解除式も、分かる。
でも。
——魔力が足りない。
それでも。
それでも——
「……負けない」
自分の内側で、声を上げる。
——私は、“分からない”を、捨てない。
分からないから、考える。
分からないから、知る。
分からないから——
「……ここに、いる」
記憶の中で、フォードが笑っていた。
ネコルトが困った顔をしていた。
まだ、ダイアンには会っていない。
でも。
きっと。
——この先で。
「……私は、まだ」
魔力が、微かに震えた。
隷属紋様の奥。
ほんの一瞬。
“命令”の鎖が、緩んだ。
「……やってみせる」
ライブは、目を閉じた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




