第十章 第三十八話 逆流の行き着く先
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ラウゼン子爵は、その日も“勝者の朝”を迎えるはずだった。
自邸のバルコニー。
朝日。
香り高い茶葉。
金縁の磁器。
すべてが、彼の地位と成功を証明していた。
「……王都は、相変わらず景気がいいな」
庭園では、同じく大臣派の貴族たちが談笑している。
話題は決まって、不動産と投資だ。
「例の未来価値保証型の物件、三棟まとめて買った」
「証券化した分は、別の伯爵家が全部引き取った」
「庶民は本当に金を出す。夢を売れば、いくらでも」
笑い声。
ラウゼン子爵も、ゆったりと椅子に身を預けた。
「いい時代だ」
そう思っていた。
――その時までは。
*
「……し、子爵」
執事の声が、震えていた。
「何だ。騒々しい」
「役所から……その……」
執事は、紙束を差し出した。
見慣れない書式。
だが、どこかで見た記憶がある。
ラウゼン子爵は、眉をひそめた。
「……破産……?」
「は、はい……市民による、自己破産申請です」
彼は、鼻で笑った。
「そんなもの、却下すればいい」
「……いえ」
執事は、視線を落とした。
「合法です」
「…………は?」
言葉が、意味を成さなかった。
「どういうことだ」
「昨年、商工会救済の名目で可決された――」
執事は、震える声で続けた。
「――債務再生特例法案に、基づいています」
ラウゼン子爵は、数秒、黙った。
「……あれは、商工会のためのものだ」
「はい」
「庶民が、使えるはずがない」
「……それが」
執事は、歯を食いしばった。
「使えるように、整えられていました」
*
その日の昼。
ラウゼン子爵の屋敷は、地獄になった。
「子爵! 証券が……!」
「担保契約が無効に……!」
「回収不能です!」
書類が、雪崩のように運び込まれる。
「待て、待て、待て……」
ラウゼン子爵は、頭を押さえた。
「市民が破産しただけだろう!」
「それが……」
役人が、顔を青ざめさせた。
「市民の債務が整理されると……」
彼は、言葉を選びながら言った。
「――その債務を担保にしていた証券が……」
沈黙。
「……どうなる」
「……価値を失います」
「…………」
ラウゼン子爵の耳鳴りが、激しくなった。
「……ふざけるな」
彼は、机を叩いた。
「市民の借金が消えたくらいで、なぜ我々が損をする!」
役人は、答えられなかった。
答えは、あまりに単純だった。
彼らは、市民の未来を、担保にしていたのだ。
*
翌日。
魔法契約書が、次々と“消え始めた”。
保証魔法の光が、弱まり。
条項が、読み取れなくなり。
証明印が、滲む。
「……何だ、これは……」
ラウゼン子爵は、震える手で一枚を持ち上げた。
昨日まで、“資産”だった紙。
今日は、ただの紙。
「……誰が……」
彼の脳裏に、浮かぶ名前があった。
商人。
箱。
契約。
王女派。
「……ネコルト……」
声が、掠れた。
*
三日目。
貴族の集会所は、悲鳴と怒号に満ちていた。
「私の資産が!」
「保証が消えた!」
「詐欺だ!」
「誰だ、あの制度を使えるようにしたのは!」
「誰が市民に教えた!」
誰も、答えられなかった。
なぜなら。
彼らは、庶民が“理解できる”とは思っていなかったからだ。
文字が読める。
法を調べる。
申請書を書く。
そんなことが、できるとは思っていなかった。
だから――
対策も、していなかった。
*
破綻は、連鎖した。
一人の市民が破産する。
→ その担保が消える。
→ 商人が破綻する。
→ その商人に投資していた貴族が破綻する。
→ その貴族の保証人が破綻する。
誰かが、叫んだ。
「止めろ! 止めろ!」
だが、止まらなかった。
これは――
構造的な崩壊だった。
*
ラウゼン子爵は、夜、自室で一人になった。
豪奢だった部屋が、急に“広すぎる”と感じられた。
「……こんな……」
彼は、椅子に座り込んだ。
「私は……正しく投資した……」
だが、その言葉は、誰にも届かなかった。
なぜなら――
彼は、正しく“搾取”していただけだったからだ。
*
一方。
市民たちは、泣いていた。
だが、それは――
恐怖ではなく、安堵だった。
「……家を、失わずに済んだ……」
「借金が……整理された……」
「……生き直せる……」
ネコルトは、その様子を遠くから見ていた。
ミーニャが言う。
「……すごいこと、したね」
「いいえ」
ネコルトは、静かに答えた。
「“戻した”だけです」
「何を?」
「責任を、正しい場所に」
*
その夜。
王女シレッタが、ネコルトを呼んだ。
ラグナ。
将軍バランドス。
全員、顔が硬い。
「……大臣派と第二王子が、動いた」
王女は、はっきり言った。
「クーデターです」
ネコルトは、ゆっくりと目を閉じた。
「……来ましたか」
彼は、静かに息を吸い――
開いた。
「……では」
彼は、言った。
「ここからは――」
“戦争”ですね。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




