第九章第三十一話 獄の戦場、誓いの盾
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血と鉄の匂いが、風に混じって流れていた。
怒号。悲鳴。魔法の爆裂音。
そして、剣と槍がぶつかり合う鈍い衝撃。
――国王軍と魔王軍の前線。
ダイアンは、魔王軍の陣の端で、重い鎧を身にまとい立っていた。
その胸元には、魔王軍の紋章。
だが、彼の首には、奴隷の証である封印具がはめられている。
彼は――
魔王軍の奴隷兵士だった。
大盾を構え、前線に立つ。
敵は人間。かつて同じ国に属していた者たち。
彼らの中には、
かつて同じ隊で笑った顔もあった。
だが、今は互いに刃を向け合うしかない。
ダイアンは無言で盾を構え、前に出た。
剣を振るう。
だが、致命傷は与えない。
叩き伏せ、無力化する。
必要以上の殺しはしない。
――それが彼のやり方だった。
だが、その戦場の片隅で、彼の目に入った光景があった。
村。
獣人たちの集落。
国王軍の一部隊が、そこを「補給の名目」で荒らしていた。
食糧を奪う。
家畜を奪う。
逆らった者を殴り倒す。
獣人の子どもが泣き叫び、
大人たちは言葉も通じず、必死に身振りで懇願している。
だが、人間たちはそれを嘲笑った。
「魔族の仲間だろうが」
「敵の資源だ」
――違う。
ダイアンの中で、何かが冷たく音を立てた。
獣人は、国王軍でも、魔王軍でもない。
ただ、ここに住んでいただけだ。
彼は、無言で走った。
盾で人間兵を弾き飛ばし、
剣の腹で殴り倒す。
「……退け」
低く、短く、それだけ言った。
人間兵たちは、魔王軍の重装兵である彼を見て、舌打ちしながら撤退した。
獣人たちは、怯えながら彼を見ていた。
言葉は通じない。
ダイアンは盾を下ろし、
剣を鞘に収め、
ただ、ゆっくりと膝をついた。
――敵意はない。
そう示すように。
その時。
「……勝手なことをするにゃ」
背後から、凛とした声。
振り向くと、そこにいたのは――
獄獣将軍。
黒い鎧。
獣の耳と尻尾。
鋭い眼光。
だが、彼女は怒っているようでいて、どこか安堵した表情をしていた。
「人間軍の行動を止めたのは正解にゃ。でも、独断は危険にゃ」
ダイアンは短く答えた。
「……見過ごせなかった」
「……そういう男だと思ってたにゃ」
彼女は獣人たちを見回し、静かに指示を出した。
「負傷者を後方へ。子どもを優先」
獣人兵たちが動き出す。
その様子を見て、ダイアンは気づいた。
――彼女は、獣人を「資源」として扱っていない。
守ろうとしている。
戦場の片隅で、
獣人の老婆が、何かを必死に訴えていた。
将軍はしゃがみ、耳を傾け、
わからないなりに、身振りで理解しようとしていた。
その姿は、
“将軍”というより、
“保護者”に近かった。
ダイアンは、それを黙って見ていた。
彼女が立ち上がり、彼を見る。
「……礼を言うにゃ」
「礼はいらない」
それだけ答える。
「名前は?」
「……ダイアン」
「私はヘトルビース。獄獣将軍にゃ」
少しだけ、口調が柔らいだ。
ダイアンはそれを、記憶に刻んだ。
――この戦場に、
“守るために戦っている魔族”がいる。
それを知った。
それだけで、
彼の中の世界は、少しだけ揺らいだ。
彼はまだ知らない。
獣人が、
魔族からも搾取されていることを。
ヘトルビースが、
大魔公爵の契約に縛られていることを。
だが、
この日。
ダイアンは、
初めて「魔族を守りたい」と思った。
――それは、彼にとって、
裏切りでも、逃避でもなかった。
ただの、
誠実な選択だった。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




