第八章・第三十話 崩れる塔、結ばれる契約
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商工会本部の会議室は、もはや会議の体を成していなかった。
「なぜ、今週だけで七つも加盟店が抜けた!」
「物流契約が切られています! しかも“正当解除”です!」
「冒険者スポンサーが……全員、撤退しました……」
怒号と悲鳴が飛び交う中、長机の中央に座る会頭ブラカスは、無言だった。
数字の並ぶ報告書を、ただ見つめている。
赤。
赤。
赤。
すべてが赤字だ。
先月までは、商工会は王都の血管だった。
物資も、情報も、資金も、すべてがここを通っていた。
それが今は――。
「……市場が、勝手に動いている」
誰かが呟いた。
それは、商工会にとって最もありえない事態だった。
商工会が動かすのではない。
商工会を通さずに、市場が回っている。
鍛冶職人は、商工会非加盟の工房に直接依頼する。
冒険者は、独立した小商人と契約する。
食料は、個人商会が流通させている。
そして――
「……金融商ネコルト」
その名前が、何度も出ていた。
噂話。
帳簿の端。
契約書の余白。
人々の口の端。
「奴が……何をした?」
誰も、正確には分からなかった。
分かるのは、結果だけだ。
商工会は、王都から“必要とされなくなっていた”。
一方、王都の市場は、静かに変わり始めていた。
「最近、食料が安くなったな」
「この剣、前より質がいいぞ」
「依頼料、ちゃんと払われるようになった」
市民は、それを“改革”とは呼ばなかった。
ただ――
「前より、楽になった」
そう感じていた。
ネコルトは、露店の影でそれを見ていた。
派手なことはしていない。
剣も振るっていない。
敵を殴り倒したわけでもない。
ただ、契約を書き換えただけだ。
「……これが、俺の戦い方です」
彼は、静かに呟いた。
かつて商工会が独占していた契約網を、細かく分解した。
不正条項を突いた。
不当な縛りを解除した。
中間搾取を削った。
それだけで、市場は勝手に正常化した。
ネコルトは、誰かを殺していない。
奪ってもいない。
ただ、「縛り」をほどいただけだ。
それなのに――
商工会は、死にかけていた。
商工会本部。
「……これは、戦争だ」
ブラカスが、低く言った。
「だが、我々は負けている」
誰も反論できなかった。
「軍に頼れ」
「大臣派に泣きつけ」
次々に出る案。
だが、それらはもう、意味を成さなかった。
なぜなら――
「資金援助が、止められました」
その報告で、全員が凍りついた。
「……何?」
「王国からの“裏の補助金”が……」
それは、大臣と第二王子を通じた資金だった。
商工会は、それに依存していた。
つまり――
「大臣派も……追い込まれている?」
誰かが言った。
沈黙。
その沈黙が、答えだった。
同じ頃。
大臣バルザンの執務室では、怒号が飛び交っていた。
「商工会が崩れたら、こちらの物流はどうなる!」
「補給が止まれば、前線は――」
第二王子は、青ざめていた。
「……俺たちは、もう後戻りできない」
そう言ったのは、大臣だった。
彼の前には、一通の書簡が置かれていた。
封蝋は、紫黒。
大魔公爵の印。
「……条件は?」
「援助。兵力。資金。情報」
「代償は?」
「“契約”だ」
第二王子は、喉を鳴らした。
「……悪魔と契約するのか?」
「生き残るためにな」
大臣は、そう言った。
そして――
「……受け入れよう」
その瞬間、王国は一つ、取り返しのつかない選択をした。
一方、王城。
国王の前には、見知らぬ使者がいた。
「陛下」
柔らかな声。
「皇太子殿下を守るには……争うしかありません」
「何を言っている」
「第二王子派は、必ず牙を剥きます」
「先に動かなければ、殿下は失脚します」
国王の拳が、震えた。
彼は、迷っていた。
だが――
「……皇太子を、守らねば」
その言葉を、使者は待っていた。
王国は、完全に二つに割れた。
誰かの手によって。
その夜。
ネコルトは、王女シレッタの呼び出しを受けていた。
「……ダイアンが、前線にいます」
「……生きています」
「ですが――」
王女は、言葉を選んだ。
「“使い潰されている”」
ネコルトの表情が、変わった。
「……どこの戦線です」
「獄獣将軍の支配地域との境界です」
ミーニャが、一歩前に出る。
「……行く」
クリフも、無言で頷いた。
ネコルトは、拳を握った。
商工会は終わった。
だが、戦争は始まった。
「……次は、ダイアンですね」
その声は、静かだった。
だが、確かに――燃えていた。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




