第七章 第二十三話 解かれた鎖、選ばれた行き先
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闘技場の地下。
かつて檻と血と歓声に支配されていた場所は、今は異様な静けさに包まれていた。
ネコルトは、契約書の束を一つずつ確認しながら、最後の署名を終える。
「――これで、全員分です」
その一言で、空気が変わった。
奴隷拳闘士。
総勢およそ百名。
彼らを縛っていた契約はすべて無効化され、
闘技場は“閉鎖補償”という名目で、彼ら全員をネコルトが買い上げた形になっている。
だが、それは所有ではない。
「これからは、自由です」
ネコルトは、はっきりとそう言った。
「どこへ行ってもいい。
ここに残る必要も、私についてくる必要もありません」
ざわ、と低い音が広がる。
誰も、すぐには動かなかった。
理由は簡単だ。
自由になった瞬間、人は“次に何をすればいいのか”分からなくなる。
その沈黙を破ったのは、一人の獣人の拳闘士だった。
「……行く宛がねぇ」
掠れた声。
「故郷はとっくに焼かれた。
闘技場しか知らねぇ俺たちに、“自由だ”って言われてもよ……」
それに続くように、別の男が言う。
「クリフに、世話になった」
皆の視線が、自然とクリフへ向かう。
クリフは、苦笑しながら頭を掻いた。
「別に、大したことは――」
「違う」
遮るように、女の拳闘士が言った。
「勝てなくなった私を、前に立たせなかった。
“今日は休め”って、無理やり下げた」
「スポンサーの加護が入ってからも、
自分の取り分を削って、回復薬を回してくれた」
「……死なずに済んだのは、あんたのおかげだ」
ネコルトは、そこで初めて口を挟んだ。
「それに――」
彼は、淡々と事実を述べる。
「私のスポンサー契約によるサポートがなければ、
今ここに立っていない人も多いはずです」
治療薬の優先配分。
装備の修繕。
対戦相手の選定への介入。
闘技場の“興行効率”という名の数字を使った、生存率の底上げ。
それは慈善ではない。
だが、確実に命を救った投資だった。
「……だから」
最初の獣人が、拳を握りしめる。
「三割くらいでいい。
俺たち、あんたについていきたい」
数を数えるまでもなかった。
最終的に、およそ三十名が前に出る。
理由は、人それぞれだ。
行く宛がない者
クリフに命を救われた者
ネコルトの契約と判断で生き残った者
だが、共通していたのは一つ。
「選んだ」という事実だった。
「……分かりました」
ネコルトは、深く一礼する。
「ただし、私は強くありません。
皆さんを守れる保証もない」
「それでも構いません」
誰かが言った。
「ここに戻るよりは、ずっとマシだ」
そうして、隊列ができる。
ネコルト、クリフ、そして元奴隷拳闘士たち。
彼らが向かう先は――
ミーニャとの合流地点だった。
***
荒れた渓谷の影。
指定された時間、指定された場所に、
彼女は、ちゃんといた。
「……クリフ……?」
声が震える。
次の瞬間。
「ミーニャ!!」
鎖のない足で、クリフが駆け出した。
抱き合った二人は、言葉もなく、ただ肩を震わせる。
「……生きてた……」
「当たり前だろ……」
涙が落ちる。
ネコルトは、少し距離を取って、その様子を見守った。
そして――。
「ミーニャ」
呼びかける。
「君の契約だが」
ミーニャは、はっとして顔を上げた。
「……条件は、クリフの解放」
ネコルトは頷く。
「契約書には、こう書いてある」
――指定対象〈クリフ〉が、合法的に解放された場合、当契約は失効する。
――解放の主体は、契約者本人に限定されない。
「つまり」
ネコルトは、静かに言う。
「君が何かをする必要は、最初からなかった」
一瞬、理解できずに目を瞬かせてから――
ミーニャは、崩れるように座り込んだ。
「……終わった……?」
「はい」
「君は、自由です」
長く、長く、張り詰めていた糸が切れた。
ミーニャは、声を殺して泣いた。
クリフが、黙ってその肩を抱く。
***
こうして、一行は王国へ戻る。
元奴隷拳闘士三十名という、異様な集団を連れて。
身を隠すため、再び頼ったのは――教会だった。
まだ、この時点では。
教会は、彼らを匿った。
理由は「慈善」。
理由は「保護」。
だが、ネコルトは忘れていない。
契約は、いつでも裏切る。
それでも今は。
鎖は解かれ、
仲間は戻り、
選んだ者たちが、同じ道を歩き始めた。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




