第六章 第二十二話 商人の切り札と、拳闘士の笑顔
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酒場の一角で、ネコルトは帳簿を広げていた。
粗末な木机。安酒の匂い。騒がしい笑い声。
だが、その場で交わされている数字は、どれも闘技場の命脈を削るものだった。
(……ここまでだな)
奴隷拳闘士へのスポンサー契約。
倍率の高い拳闘士に集中的に資金と装備を回し、観客の賭け金を一気に吸い上げる。
勝ちが続くほど闘技場側の払い戻しは膨らみ、運営資金は目減りしていく。
――合法だ。
少なくとも、契約上は。
ネコルトが杯を口に運んだ、その瞬間だった。
空気が、変わる。
背後の喧騒が、一拍遅れて遠のいた。
殺気。
それも、隠す気のない、実戦用のそれ。
「――来たか」
椅子が蹴倒される音。
同時に、刃が閃いた。
ネコルトは反射的に身体を捻り、背負い袋から盾を引き抜く。
ダイアンの大盾――獄獣将軍の元で鍛え抜かれた、異常な耐久を誇る一品。
ガン、と鈍い衝撃。
刃が弾かれ、酒場の床に火花が散った。
「商人にしては、反応がいいな」
黒装束の魔族。
周囲には、既に三人。
(……最低でも五)
ネコルトは盾越しに距離を測りながら、足元に転がした袋を蹴る。
次の瞬間、彼の身体が不自然に軽くなった。
身体強化。
かつてスポンサー冒険者から徴収したスキル。
握るのは――
フォードの剣と、クリフの槍。
「っ――!?」
剣と槍を器用に持ち変える。
型も技量も足りない。
だが、“威力”だけは本物だった。
距離を詰めてきた刺客が吹き飛び、卓が砕ける。
悲鳴と怒号。
ネコルトは追撃せず、即座に後退する。
今度は、懐から魔法具を投げた。
クエラの聖銃。
ライブの魔力増幅器。
魔力増強を重ね、引き金を引く。
閃光。
光の柱が酒場の天井を抉り、刺客たちの動きを止める。
「……逃がすな!」
だが、その声は途中で途切れた。
煙の中、忍具が炸裂する。
ミーニャの煙玉。
視界、遮断。
ネコルトは、影の中で一人の魔族を組み伏せた。
首元に刃を当てる。
「静かに。死にたくなければ」
抵抗は、なかった。
数秒後。
ネコルトは酒場の裏口から消えていた。
***
闘技場の責任者は、青ざめていた。
「へ、閉鎖……ですか?」
目の前にいるのは、大魔公爵の使者――そう“見える”人物。
連れているのは、先ほど拉致した部下。
魔力契約で縛られ、嘘はつけない。
「闘技場は、これ以上の損失を出すなという命令だ」
ネコルトは、低く告げる。
「補償として、拳闘士は全員こちらで買い上げる」
「契約も、首輪も、こちらで処理する」
責任者は、喉を鳴らした。
拒否できない。
拒否すれば、大魔公爵に逆らったことになる。
「……了解、しました」
こうして、契約は結ばれた。
***
地下。
闘技場の控室。
鉄の扉の前で、ネコルトは一度、呼吸を整えた。
開ける。
そこにいたのは――
痩せ細り、傷だらけで、それでも背筋を伸ばした男。
「……よう」
クリフが、笑った。
「ネコルト」
「お前にしては、遅かったな」
限界が近い。
一目で分かる。
それでも、冗談を言う余裕を残している。
「だから言っただろ」
「一緒に鍛えようって」
ネコルトは、苦笑した。
「……返す言葉もありませんね」
「私としたことが、遅くなりました」
彼は、手を差し伸べる。
「帰りましょう、クリフ」
「今度こそ」
クリフは一瞬だけ目を伏せ、そして――その手を掴んだ。
「……ああ」
「帰ろう」
鉄の檻が、初めて開く音がした。
商人は、契約で檻を壊した。
拳闘士は、笑ってそれを受け取った。
救出は、始まったばかりだった。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




