第六章 第二十一話 金と血の天秤 ― 大魔公爵の違和感
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大魔公爵ヴァル=グランディスは、玉座に座ったまま闘技場の報告書を眺めていた。
宝石を埋め込んだ指で、羊皮紙をなぞる。
「……ほう」
低く、楽しげな声。
だが、その目は笑っていない。
「クリフ。
今月も全勝。
観客動員、過去最高。
賭け倍率――下がり始めている、か」
拳闘士としては理想的だ。
強く、壊れず、観客を沸かせる。
本来なら、喜ぶべき報告だった。
「――だが」
次の書類を手に取る。
「スポンサー契約、急増。
回復支援、装備補助、栄養供給……」
指が止まる。
「……誰だ、これを始めたのは」
側近の魔族が一歩進み出た。
「正体不明の商人です。
表向きは“前線物資の仲介業者”。
複数の拳闘士と契約を結び、支援を行っています」
「正体不明、だと?」
ヴァルは鼻で笑った。
「この魔王領で、正体不明のまま金を動かせる者など――」
あり得ない。
本来なら。
「しかも……妙です」
側近は言葉を選びながら続ける。
「その商人が支援した拳闘士ばかり、
勝率が上がっています」
「ふむ」
「さらに、その拳闘士に賭けた者が、
異様な額を回収している」
ヴァルの口元が、わずかに歪んだ。
「……金の流れが、歪んでいるな」
闘技場は、血と金で回る。
観客が賭け、負け、熱狂し、また賭ける。
それを外から操作する者が現れた。
「闘技場の資金繰りは?」
「……悪化しています」
即答だった。
「倍率調整が追いつかず、
高額配当が続いています」
「馬鹿な」
ヴァルは玉座の肘掛けを叩いた。
「拳闘士は“消耗品”だ。
勝ち続ければ、いずれ壊れる。
それで均衡が取れる」
だが――。
「その商人は、
“壊れにくくする”方向で金を使っています」
沈黙。
ヴァルの脳裏に、ひとつの顔が浮かぶ。
「……あの商人か」
王国側から入り込んだ、
剣も魔法も持たぬ男。
だが、契約書と帳簿だけで魔王領を歩く異物。
「ネコルト」
名を口にした瞬間、
胸の奥に、不快な感覚が走る。
「奴は、戦わない」
「だが――戦場を、金で動かす」
側近が慎重に言う。
「大魔公爵様。
彼を排除すべきかと」
「……いや」
ヴァルは、ゆっくりと首を振った。
「まだだ」
排除は、簡単だ。
刺客を放てばいい。
だが――。
「この動き、面白い」
闘技場。
奴隷拳闘士。
スポンサー契約。
賭博。
それらを組み合わせ、
闘技場そのものの首を、金で締めている。
「拳闘士を解放するつもりか?」
ヴァルは、クリフの名が書かれた書類を見る。
「……いや」
薄く笑った。
「それだけではないな」
クリフは、象徴だ。
人気。
商品価値。
闘技場の“看板”。
それを救うということは――。
「この魔王領の娯楽と金の循環に、
喧嘩を売っている」
実に、無謀。
実に、愉快。
「刺客を送れ」
側近が頷く。
「殺すな」
「――?」
「試せ」
ヴァルの目が、細くなる。
「どこまで逃げるか。
どこまで壊す気か」
そして、ふと呟く。
「……忍びの娘も、あの男に懸けている」
ミーニャ。
自分が縛り、使い、壊すつもりだった忍び。
「商人一人に、
ここまで賭けさせるとはな」
ヴァルは、玉座にもたれた。
「いいだろう、ネコルト」
「お前が金で挑むなら――」
「私は、血と権力で受けて立とう」
闘技場の奥深くで、
檻の中の拳闘士が、次の試合を待っている。
そして今、
金と血の天秤は、静かに傾き始めていた。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




