第六章 第二十話 値札の付け替え ― 闘技場を蝕む商人の手
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闘技場を出たネコルトは、夕暮れの魔王領を歩きながら、頭の中で数字を並べていた。
(――闘技場は、戦場じゃない)
剣も魔法も必要ない。
ここで使われているのは、もっと単純で、もっと残酷なものだ。
期待値。
賭け率。
商品価値。
奴隷拳闘士は、戦士ではない。
彼らは「商品」だ。
勝てば価値が上がり、負ければ廃棄される。
そして――価値を決めているのは、実力だけじゃない。
***
ネコルトが最初に手を付けたのは、「スポンサー契約」だった。
闘技場には、裏の制度がある。
公式には語られないが、確かに存在する仕組み。
――拳闘士支援契約。
一定額を闘技場に預けることで、指定した奴隷拳闘士に対し、
・栄養価の高い食事
・治療魔法の優先権
・試合間隔の調整
・事前情報の一部開示
そういった「最低限のサポート」を与えることができる。
解放ではない。
武器を持たせるわけでもない。
だが――勝率は、確実に上がる。
ネコルトは、闘技場の帳簿係と酒を酌み交わしながら、静かに言った。
「倍率の高い拳闘士を、三人ほど」
「今は人気がないが、動きの良い者を」
「……人間か?」
「できれば」
帳簿係は訝しげに眉をひそめたが、金額を見て口を閉じた。
「好きにしろ」
それが、最初の一手だった。
***
最初に支援した拳闘士は、名前もない若者だった。
戦績は二勝三敗。
癖のある構えで、評価は低い。
だが、ネコルトの目には――
(無駄が少ない)
(判断が早い)
(体力管理ができている)
磨けば、化ける。
支援が始まって三試合目。
倍率は、二十五倍。
若者は勝った。
無理をせず、倒れず、確実に。
ネコルトは、その拳闘士に大きく賭けていた。
――結果。
元手の、七倍。
次。
次は別の拳闘士。
支援、賭け、回収。
闘技場の観客は、ざわつき始める。
「最近、妙に勝つ奴がいる」
「人間なのに」
「スポンサーがついたらしい」
倍率が、歪み始めた。
***
当然、目を付けられる。
最初の刺客は、路地裏だった。
魔族の剣士が三人。
動きで分かる。闘技場付きだ。
「お前だな」
「妙な金の動かし方をしている商人は」
ネコルトは、ため息をついた。
「……交渉、は?」
「する気はない」
剣が振り下ろされる。
――閃光。
視界を焼く光と同時に、煙が広がった。
床に撒かれた粘着剤が足を奪う。
「なっ――」
ネコルトは走らない。
逃げ道は、もう確保してある。
罠札。
煙玉。
音響撹乱具。
勇者一行から預かった装備が、次々と火を噴く。
「商人を、舐めるなよ」
気付いた時には、刺客は一人倒れ、一人は壁に縫い止められ、最後の一人は逃げていた。
***
それでも、ネコルトは止めない。
支援拳闘士を増やす。
倍率の高いところに賭ける。
勝率を操作する。
結果、どうなるか。
――闘技場は、儲からなくなる。
賭けは本来、「外れる」ことで胴元が儲かる。
だが、勝つ拳闘士が偏れば、配当が膨らみすぎる。
観客は勝ち、
スポンサーは儲け、
闘技場だけが、血を流す。
帳簿は赤に染まり始めた。
***
ある夜、ネコルトは呼び出される。
豪奢な部屋。
香の匂い。
そこにいたのは――
大魔公爵の配下だった。
「貴様」
「何をしている?」
ネコルトは、微笑む。
「商売です」
「価値ある商品に、正当な評価を」
「……闘技場が、傾いている」
「偶然でしょう」
配下の視線が鋭くなる。
「これ以上続けるなら――」
その瞬間。
天井が、爆ぜた。
煙。
轟音。
ネコルトは、床を転がる。
「ちっ……!」
刺客。
今度は、もっと本気だ。
だが――。
剣が振り下ろされる前に、
影が走った。
忍刀が閃く。
ミーニャではない。
だが、ネコルトは知っている。
(……来ている)
逃げ切った後、息を整えながら、ネコルトは確信した。
(闘技場は、もう限界だ)
資金が足りない。
配当が膨らみすぎている。
拳闘士の管理も、回らない。
――解放の条件は、整った。
***
数日後。
ネコルトは、再び闘技場を見下ろす席にいた。
檻の中。
クリフが、立っている。
まだ、戦える。
まだ、折れていない。
(……待ってろ)
商品価値は、操作できる。
帳簿は、武器になる。
次は――
解放という名の取引だ。
ネコルトは、静かに席を立った。
商人の戦いは、ここからが本番だった。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




