第一章 第二話 焚き火の距離
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毒竜王の巨体が、山腹に沈黙したまま動かなくなって、しばらくが経った。
硫黄と毒の混じった臭気がまだ鼻を刺す。
だが、それ以上に強く感じられたのは――生きているという実感だった。
「……終わった、な」
フォードが剣を地面に突き立て、深く息を吐く。
その声に応えるように、緊張の糸が一気にほどけた。
「やった……! 本当に、倒したんだ……!」
クエラが膝をつきそうになるのを、ダイアンがすかさず支える。
「無理をするな、聖女。毒の残滓がまだ空気に残っている」
「ありがとう、ダイアン……でも、あなたも傷だらけよ」
「盾役の仕事だ」
そう言って、彼は静かに微笑んだ。
少し離れた場所では、クリフが肩で息をしながらも、笑いをこらえきれない様子で拳を握りしめている。
「っしゃあ……! 毒竜王だぞ? あの化け物を倒したんだぞ、俺たち!」
「声がでかい。余韻に浸る前に、周囲の警戒を忘れないで」
ミーニャが木の上から軽やかに飛び降りる。
忍装束は裂け、肩口には血が滲んでいたが、その目は冴えていた。
「追撃の兆候なし。毒瘴も弱まってる。今なら安全」
「助かる」
フォードが短く礼を言う。
ライブはすでに地面に魔法陣を描き、クエラと共に回復の準備をしていた。
「ネコルト、ポーション残数は?」
「え、あ、はい! えっと……上級が三、通常が七、解毒が――」
ネコルトは慌てて帳簿を開きながら答える。
その声は、戦場の英雄たちの中では、どうしても小さかった。
「十分だな。重傷者から優先する」
ライブは淡々と告げ、クエラと視線を交わす。
二人の息は、言葉を交わさずともぴったり合っていた。
それを見て、ネコルトは少しだけ目を伏せる。
(……みんな、すごいな)
剣を振るえる者。
魔法を操れる者。
前に立ち、敵を倒し、仲間を守れる者。
自分は――ただの商人だ。
物資を数え、帳簿をつけ、後ろで転ばないようにしていただけ。
「ネコルト」
不意に、声をかけられて肩が跳ねる。
「は、はいっ!?」
「毒竜の素材、どうする?」
声の主はネリアだった。
血と汗にまみれながらも、その立ち姿には獣のような力強さがある。
「え、えっと……牙と鱗は王国指定の納品物だから回収必須で……あ、でも、毒袋は慎重に扱わないと――」
「ふふ」
ネリアが、くすりと笑った。
「相変わらず、細かいところまで見てる」
「そ、そうかな……?」
「そう。あたしは力任せに殴るだけ。ネコルトがいないと、こういうの全部無駄になる」
そう言って、彼女は自然にネコルトの隣に立つ。
その距離が、少しだけ近い。
「……ネリア、近くない?」
「疲れてるんでしょ。支えてあげてるの」
「だ、大丈夫だから!」
慌てて距離を取ろうとするネコルト。
だが、周囲の視線がやけに温かい。
「はいはい、ごちそうさま」
ミーニャがニヤニヤしながら言う。
「な、なにがだよ!」
「別に?」
クリフが肩をすくめる。
「ただ、隠してるつもりで隠せてないなーって」
「え?」
ネコルトがきょとんとすると、ダイアンが咳払いをした。
「……話は後だ。まずは帰路の準備を」
「そうだな」
フォードが頷く。
「王都へ戻る。だが、この状態で一気に進むのは無理だ。今日は野営する」
「なら、私がやる」
ネコルトはすぐに前に出た。
「場所は風下を避けて、毒瘴の薄い場所に。焚き火は二箇所、見張りは交代制で――」
その指示は、淀みなく、的確だった。
皆が自然に従う。
それが、ネコルトの役割だった。
戦えなくても。
前に立てなくても。
ここにいる意味は、確かにある。
やがて、野営地に焚き火が灯る。
湯が沸き、簡単な食事が配られ、回復魔法が行き渡る。
緊張が解け、笑い声が戻ってきた。
「クリフ、あんたさっき突っ込みすぎ」
「仕方ねえだろ、ああいう相手は距離詰めないと!」
「だからって、無茶しすぎ。心配した」
ミーニャが呆れたように言うと、クリフは照れたように頭を掻いた。
「……悪い」
ライブとダイアンは静かに並んで、魔法陣の後処理をしている。
「助かった。君の補助がなければ、盾が持たなかった」
「君が前に立ってくれたから、後ろが守れた。お互い様だ」
短いやり取りだが、そこには深い信頼があった。
フォードとクエラは、少し離れた焚き火のそばで並んで座っている。
「……無事でよかった」
クエラが小さく呟く。
「ああ。君がいてくれたから、全員生きてる」
フォードは、彼女の手をそっと握った。
ネコルトは、それを見て、なぜか胸が少し苦しくなる。
(……俺は、みんなみたいにはなれない)
剣も、魔法も、ない。
ただの商人だ。
「ネコルト」
ネリアが、また隣に座った。
「今日は、ありがとう」
「え?」
「後ろを全部任せられた。……あたし、安心して殴れた」
「そ、そんな……」
ネコルトは顔を赤くして俯く。
その様子を見て、ミーニャが小声でクリフに囁いた。
「ほら、バレバレ」
「だな」
焚き火が、ぱちりと音を立てた。
その時――
遠くから、蹄の音が聞こえた。
一定のリズム。
人の気配。
全員が、はっと顔を上げる。
「……馬?」
フォードが立ち上がり、剣に手をかける。
夜の闇の向こうから、王都の紋章を掲げた使者が近づいてくるのが見えた。
その胸騒ぎの正体を、
まだ誰も、知らなかった。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




