第六章 第十九話 闘技場の檻と、前に立たない男
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魔族領での商売は、思った以上に順調だった。
消耗品、保存食、簡易治療具。
前線と後方を繋ぐ「間」の需要は高く、ネコルトは商人として自然に闘技場関係者との距離を縮めていった。
そして――。
(来たな)
闘技場の入場権。
それも一般席ではなく、視察名目で許可された半関係者席だ。
巨大な円形闘技場。
観客席は段状に広がり、魔族、亜人、人間が入り混じって歓声を上げている。
血と砂の匂い。
歓楽と死が、同じ空間で混ざり合っていた。
ネコルトはフードを深く被り、視線だけで闘技場を観察する。
(檻の位置、控室、治療導線……)
(交代のタイミング、試合間隔……)
商人の目。
だが、目的はただ一つ。
――次の試合。
鉄格子が開き、闘技場に現れた拳闘士を見た瞬間、ネコルトの胸が静かに震えた。
「……クリフ」
鎖はある。
体には古傷も多い。
だが。
(まだ、余裕がある)
立ち姿が、違う。
呼吸が乱れていない。
相手の魔獣が突進してくる。
観客がどよめく。
――一撃。
踏み込み、体重を乗せた拳。
魔獣が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
歓声。
ネコルトは、思わず小さく息を吐いた。
(……強いな)
(本当に)
その姿を見ながら、自然と過去の記憶が蘇る。
***
――パーティに加わった直後のことだ。
クリフは、最初から不機嫌だった。
「なあ、ネコルト」
「お前さ、体力あるだろ」
「武器も、一通り扱える」
「なのに、なんで前に立たない?」
焚き火の前。
ストレートな問い。
ミーニャが口を挟もうとする。
「クリフ、それは――」
「いや、いい」
クリフはミーニャを制し、ネコルトを見る。
「前に立たないってことはさ」
「覚悟が足りないってことだろ?」
正面からぶつけられる、不器用な正義感。
ネコルトは、へらっと笑った。
「向いてないんだよ」
「俺は」
「は?」
「逃げ足とか、準備とか」
「そっちの方が得意でさ」
「そんなの、ミーニャがいれば十分だろ」
「忍びなんだし」
即座の反論。
ミーニャは、少しだけ眉をひそめた。
「違う」
「ネコルトさんは――」
「いいって」
ネコルトは、軽く手を振った。
「役割分担だよ」
「前に立つ人、支える人、逃げ道作る人」
「俺は、その“後ろ”」
クリフは納得していなかった。
だが、それ以上は言わなかった。
***
忘れられない戦いがある。
オーガナイト討伐。
パーティは全員揃っていた。
フォード、クエラ、クリフ、ミーニャ、ライブ、そしてネコルト。
オーガナイトへ突撃するフォードとクリフ。
その瞬間――。
「ッ!?」
二人の動きが、止まった。
麻痺魔法。
「後ろだ!」
オーガナイトの陰から、シャーマンオークが姿を現す。
さらに。
「ギャッ!?」
後方――クエラとライブの位置へ、ゴブリンライダーが雪崩れ込んでくる。
同じ鬼族。
だが、明らかに異なる種族が連携していた。
戦場が、一気に崩れる。
「くそっ……!」
「動けない……!」
クリフとライブが焦る。
そのとき。
「ネコルト!」
フォードの声。
叫ばれるより前に、ネコルトはもう動いていた。
雑魚モンスターに囲まれながら、手元ではすでに準備が整っている。
「麻痺解除、行くよ!」
投擲。
割れる瓶。
即効性の解除薬。
「ミーニャ! 後方支援!」
「了解!」
動きを取り戻したフォードとクリフが、前線を粉砕する。
ミーニャは、影のようにゴブリンライダーを狩り尽くした。
戦闘は、あっけなく終わった。
***
その夜。
クリフは、黙ってネコルトの隣に座った。
「……悪かった」
「え?」
「俺さ」
「前に立つのが、強さだと思ってた」
焚き火を見つめながら、続ける。
「でも、お前がいなかったら」
「今日、全滅してた」
ネコルトは、少し照れたように笑った。
「才能だよ」
「鍛え方が、違うだけ」
それからだ。
クリフは、やたらとネコルトを鍛錬に誘うようになった。
「体力はあった方がいいぞ!」
「今からでも遅くない!」
毎回、断りながらも付き合った日々。
(……もう少し、一緒にやっとけばよかったかな)
闘技場の席で、ネコルトは苦笑する。
***
試合が終わる。
クリフは生きている。
だが、ここは檻だ。
ネコルトは、視線を闘技場全体へ戻す。
(システムは、分かった)
試合間隔。
所有権。
治療と維持費。
賭博との関係。
(救い出す目処は、立った)
ゆっくりと席を立つ。
まだ、直接助ける段階ではない。
だが――。
(待ってろ、クリフ)
(今度は、ちゃんと迎えに来る)
商人は、静かに闘技場を後にした。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




