第五章 第十八話 忍びの刃と、商人の箱
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夜の魔王領は、王都よりも静かだった。
それは安らぎではない。
音を立てれば、命を奪われるという種類の静寂だ。
ネコルトはフードを深く被り、酒場の奥の席で杯を傾けていた。
中身は、ほとんど水だ。
(……ミーニャ)
情報を集める合間、どうしても思い出してしまう。
彼女と初めて会った日のことを。
***
――忍びの里。
その日、ネコルトのパーティはまだ三人だった。
勇者フォード、聖銃士クエラ、そして商人ネコルト。
情報を求めて訪れた里で提示された条件は、簡単ではなかった。
「依頼を一つ、受けてもらう」
そう言って現れたのが、ミーニャだった。
まだ若く、だが目だけは鋭かった。
腰には忍刀を二本。
背中には、用途の分からない忍具の袋。
(派手だな……)
正直、そう思った。
忍者はもっと地味で、影に溶けるものだと勝手に思い込んでいたのだ。
だが――。
依頼が始まった瞬間、その認識は粉々に砕けた。
ミーニャは、踊るように戦った。
忍刀二本を交差させ、敵の死角をえぐる。
地を蹴り、壁を蹴り、宙を舞う。
忍術は派手で、煙と光と轟音を伴っていた。
「忍者って、こんなに目立つのか……?」
ネコルトが呆然としている間にも、戦況は流れていく。
フォードが前線を切り開き、クエラが支える。
そして――。
「今です!」
ミーニャの声に合わせて、ネコルトは迷わずアイテムを放った。
閃光弾。
絡め取る粘着具。
足止めの罠札。
忍具ではない。
だが、忍具以上に“使える”道具。
ミーニャの動きが、一瞬だけ止まった。
それから、口元がわずかに緩む。
「……それ、どこで?」
「商人の、工夫です」
そう答えたネコルトに、ミーニャは戦いの最中にも関わらず、確かに興味の目を向けていた。
依頼が終わった夜。
焚き火の前で、ミーニャは静かに言った。
「ねえ、ネコルトさん」
「あなたのアイテムの使い方……教えてほしい」
「忍びの里でも、見たことがない」
その言葉に、ネコルトは戸惑った。
「俺は、戦えませんよ?」
「知ってる」
即答だった。
「でも、あなたは戦場を“動かしてる”」
その夜、ミーニャはパーティに加わった。
「師匠、って呼んでもいい?」
そう言われて、慌てて否定したことを、今でも覚えている。
***
――現在。
ネコルトは杯を置き、息を吐いた。
(……あの子が、契約で縛られている)
酒場で集めた情報は、点と点が繋がり始めていた。
大魔公爵配下。
前線任務。
雇用契約という名の拘束。
そして――。
コロシアム。
奴隷拳闘士、クリフ。
ネコルトは、裏のツテを使った。
表の依頼ではない。
だが、不自然ではない“偽の依頼”。
「前線偵察」
「単独行動可能な忍びを一名」
条件は、ミーニャが断れない形に整えられていた。
***
落ち合ったのは、魔王領外縁の廃れた礼拝堂。
結界が張られ、盗聴もない。
「……来ると思ってた」
ミーニャは、忍装束のまま現れた。
「師匠」
その呼び方に、ネコルトの胸が締め付けられる。
「無事でよかった」
「無事じゃないよ」
ミーニャは苦笑した。
そこで、契約書が出された。
雇用契約。
最低賃金以下。
休息規定なし。
契約解除条件は――。
「クリフの購入額に到達した場合のみ、契約終了」
ネコルトは、黙って目を通した。
(……魔界の労働基準法に、完全に引っかかる)
「積立は?」
「毎回、報告が来る」
「でも……全然、足りない」
ミーニャの声が震える。
「このままじゃ、クリフは……」
ネコルトは、契約書を丁寧に畳んだ。
「迎えに来る」
短く、だがはっきりと言った。
「まず、クリフを助ける」
「そのあとで、君を」
ミーニャは、目を見開いた。
「……本当に?」
「約束だ」
商人としてではない。
金融商としてでもない。
仲間としての言葉だった。
ミーニャは深く息を吸い、静かに頷いた。
「……待つ」
「師匠なら、必ず来るって、信じてる」
そう言って、彼女は闇に消えた。
残されたネコルトは、拳を握る。
(契約は、破れる)
(檻は、壊せる)
それを、世界に証明するために。
ネコルトは、次の一手を思考し始めていた。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




