第8話 平等で残酷なお約束
入部初日の放課後、音楽室に1年生と31名と3年生幹部3名が集まっていた。これから、顧問の藤先生からの挨拶を含めたミーティングを行うということである。
集まって間も無く、にこやかな藤先生が音楽室に入って来た。
「こんにちは。なかなかフレッシュな空間ですね。」
初めての顧問からの話に、緊張感が走っていたが、そんな空気に構うことなく藤先生は話し始めた。
「改めまして、顧問の藤拓哉です。所属は1年生なので、顔は知ってるかな。君たち1年生が入部してうちの吹奏楽部は96名となりました。大所帯ですが、皆さんもいずれ慣れますので、一緒に頑張りましょう。」
話を聞きながら、この人数の顔と名前を自分が覚えられるのか不安になった。一度も会話せずに卒業する部員もいるのだろうか。
「さて、入部早々申し訳ないのですが、明日明後日で皆さんの楽器を決めます。この後希望を調査するので提出してください。バランスや適正を見ながらですが、基本的には希望を通します。」
大所帯となると人が足りないということも少なく、楽器選びもある程度自由にできるのは強みだ。中学時代に自分はトランペットを希望したが、クラリネットになってひどく落ち込んだのを思い出した。
「ここから大事な話をします。部員が96名、受験による3年生の休部者が3名いるので、実際には93名で活動をします。夏に行われる吹奏楽コンクールで私たちが出場をするのは、55名が出場できるAの部です。必然的にオーディションを行うことになります。オーディションに落ちた38名は、人数制限のないDの部に出場します。Dの部には上位大会がありません。」
『オーディション』という言葉を聞いて、全員の顔が引き締まった。
「オーディションは『学年関係なく、実力でメンバーを決める』という方針で行います。その年の山桜のベストを尽くすためです。例年、1年生でもAメンバーに選ばれる人もいます。残念ながら、Dの部に出場することとなる3年生もいます。」
この方針は平等で、残酷だ。3年生の始めにオーディションに落ち、そこからDの部に向けてモチベーションを保てる人はすごい。性格や人柄を超越した人間力がなければ耐えられない。
「3年生でオーディションに落ちたとなると、悔しい思いをすることとなります。しかし、その悔しい気持ちをオーディションに受かった1年生への嫌がらせ行為で発散することを、私は決して許しません。もし、そのようなことがあれば私や3年生幹部に相談してください。責任を持って、その人を守ることを約束します。また、皆さんも2年後にこれを守ることを約束してください。」
3年生の幹部も、藤先生の言葉に頷いている。彼女たちが参加しているのは、この話をするためだったようだ。
「オーディションは3週間後のゴールデンウィークに2日間かけて行い、2日目の最後に皆さんに発表します。意外と時間がなくてすみません。楽器が決まり次第、すぐに楽譜はお渡しします。」
入部から3週間なんてあっという間に過ぎる。その早すぎるオーディション日程に、視界に入った青島あやめは案の定、顔をしかめていた。
「それでは皆さん、今日から3年間どうぞよろしくお願いします。」
藤先生が話をにこやかに締め括った後、幹部の先輩方が楽器希望用紙を配布してくれた。
私はそこに、一際丁寧な字で『クラリネット』と書いた。
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