第6話 ビリビリに破かれた楽譜の数
青島 あやめ
芽衣と同じ1年生。サックスパート。ボーイッシュな見た目をしている。いつもヘラヘラ笑っている。
『何回言わせるんだァお前ら!!!!!!』
怒鳴りながら、楽譜をビリビリに破る顧問。それを見て、怯えるのではなく申し訳なさそうな表情を浮かべる中学生。その中学生たちは、予備の楽譜を使うかセロハンテープで破れた楽譜を繋ぎ合わせて、慣れたように練習を再開する。私、青島あやめもその1人だった。
今思うとその空間は異常で、誰かが声を上げなければならなかったのかもしれない。ただ、顧問の指導があってこそ吹奏楽の強豪校でいられたが故に、誰も逆らうことはできなかった。もし、大事になって指揮者がいなくなってしまったら。3年生の最後の大会がなくなってしまう。心を病んで辞めていく部員がたくさんいても、目の前の光景には見ないふりをしていた。部員同士で励まし合うのではなく、お互いを取り締まるような目で見ていた。ときには「お前がいなければ」なんて言葉も飛び交っていた。言われた子は静かに辞めていった。
私は楽器を練習は頑張るが争いには加わらない、ただの人当たりが良い人でしかなかった。
そんな中学生時代を過ごし、山桜高校に入学した。私立高校で設備もそれなり、家からは少し離れているが通える距離。心機一転、新生活を送るにはちょうど良い環境だ。
私は、高校でも吹奏楽を続けるか迷っていた。同じ高校に通う、中学時代の吹奏楽部同期は「絶対にやらない。体験にも行かない」と言い切っていた。あんな地獄を3年間味わってきたのだから当然である。両親は部活について、何も言ってこなかった。ひどく疲れた私を見ていたからだろう。
私も、高校はのんびり過ごすのもありかと思った。
入学式が終わり、教室で担任の話が始まった。
「今年度、皆さんの担任となった藤拓哉です。担当教科は音楽、吹奏楽部の顧問をしています。まあ、お互い気楽にいきましょう。困ったことがあったら遠慮なく声をかけてください。」
柔らかい表情で話す担任は、吹奏楽部の顧問だという。自分の中学時代の顧問とはまさに正反対で拍子抜けしてしまった。山桜高校の吹奏楽部は決して弱くは無いし、それなりの指導力はあるはず。ただ、この人が吹奏楽部で指導をしている姿が全くイメージできない。部活になると豹変するタイプにも見えない。中学時代とのギャップに私はひどく動揺していた。
ホームルームが終わり、藤先生が声を掛けてきた。教室のドア側の1番前の席のため、出入りする先生の目にもつきやすいのだろう。
「青島さん、吹奏楽部だったんだって?高校でも続けるの?」
「あ、いや迷ってまして」
「そうかい、明日にでも体験入部に来てごらんよ。優しい子達だから無理に誘ったりもしないはずだから。」
「そうなんですか、じゃあ気が向いたらいってみます」
はじめの印象通り、藤先生は優しいという言葉が似合う人だった。そんな先生に私はまだ疑念の目を向け続けていた。
次の日、部活動紹介があった。吹奏楽部の司会はものすごく上手で驚いた。演奏はパワフルで、高校と中学の差も感じた。
放課後になり、結局私は吹奏楽部の体験に向かっていた。見ないで後悔するよりは良い、と自分に言い聞かせていた。
吹奏楽部の全体説明の中に、顧問の紹介があった。にこやかにピースする担任の写真と、それを生き生きと紹介する南雲部長の姿があった。
顧問本人がいないんだから、愚痴のひとつやふたつ教えてくれよ。ひとつくらいあるだろ。
そんなことを思いながら説明を聞いていた。
説明が終わり、好きな楽器の体験ができることになった。当然、中学で自分が担当していたサックスパートに向かう。
しかし、サックスのパート部屋には体験希望者で溢れていた。元々人気楽器であると同時に、童顔で可愛い男の先輩目当ての女子がいるため、人が多いのだろう。
入るかもわからない部活での揉め事は避けたい。私は近くのクラリネットの教室へ向かった。
来てみたは良いものの、サックスと少し違うマウスピースだからか、音が出ない。自分にクラリネットの才能がないことを理解した頃、隣からクラリネットらしい綺麗な音色が聴こえた。
「堺田さん、上手だね〜音色綺麗だ」
「来たら即戦力かもね」
堺田さんという彼女は淡々と基礎練習をしていた。表情は変わらないが、生き生きしているように感じられるほど、良い音で。音が出ずに苦戦している自分との対比が、少し面白かった。
教室を出た後、堺田さんに声を掛けた。あそこまで良い音を出せるのがどんな人なのかを知りたかった。
堺田さんは、初対面の人とはしっかり距離を置く人だった。ただ、話しかけてきた私に気を遣って、よくある話題を振ってくれるので悪い人ではなさそうだ。
「青島さんは、もう入部は決めてるの?」
「うーん、どうかな。顧問が担任で、元吹奏楽部ってことで勧誘されたから来てみたんだけど。」
「私は多分入るから、青島さんも入部してくれたら嬉しい。」
ただの雑談で、深い意味はないことは分かっていた。おまけに彼女は無表情だった。でも、「お前がいなければ」という言葉が飛び交う環境にいた自分にとっては新鮮で、言葉にできない感情になった。
「はは、一緒になったらよろしく。」
平然を装えたのかはわからないが、精一杯の応えだった。
ただ、この出会いは自分にとって悪いものではないことは理解していた。
驚くほどに優しそうな顧問と、掴めない同級生との出会い。ここで吹奏楽を続ければまた吹奏楽を好きになれるのだろうか。
辛かった数々の思い出を塗り替えてくれる?
気がついたら私は、真剣に入部を検討していた。
次の日、私は捨てられていなかった中学時代の楽譜をゴミ箱に捨て、高校に向かった。
ホームルームが終わった後、担任に声を掛けた。
「藤先生、部活入りたいんですけど入部届ってどこでもらえるんですか」
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