家族になる為に
カリナ村の教会は、木造の素朴な作りだったが、毎日欠かさず手入れされており、静謐な空気に満ちていた。
そこに、ひときわ異質な三人の訪問者が現れた。
「ユナを、我々の養子として引き取らせていただきたい」
言ったのは、一見して“山”のような体格をした男だった。
短く刈られた金髪に、分厚い胸板。旅人の装いながら、どこか品すら漂わせる。
その背後には、すらりとした青年と、切れ長の目の女性。
ユナは三人の背中に隠れるように立っていた。
「養子? おいおい、突然すぎるとは思わんかね、旅人殿」
神父モールスは椅子から腰を上げず、静かに言った。
「その子は私の教会で育ててきた。満足に食わせてやれてはいないが、親はおらずとも、村人たちに見守られ、慎ましくもまっすぐな子に育った。それを……一体どこの誰かもわからぬ旅人が、突然“家族”などと名乗る。疑わぬわけにはいかんだろう?」
「お気持ちは分かります」
青年――ラハンが一歩前へ出て、控えめな声で応じる。
「貴方にとっては極めて勝手な申し出なのは理解しています……けれど、僕たちはこの子を見て……放っておけないと思った。ただの情かもしれない。でも、彼女にとって、少しでも“居場所”になれればと……」
「……居場所、か」
神父の目が細くなった。
「最近は子供の人身売買なんて話も聞くが……貴様らもその類ではあるまいな?」
「違うと断言するが、簡単に信じてもらえるとは思ってないさ」
ユナは小さく身をすくめる。
それでも、勇気を出して、モールスの横顔を見上げた。
「わたし、行きたいの」
「ユナ?」
「この人たちと……一緒に行きたいの」
小さな声だったが、その響きには確かな意志が宿っていた。
神父はしばし沈黙し、次にユナへ問うた。
「なぜだ。あの者たちが何者かも分からぬのに、なぜ行きたいと?」
ユナは、言葉に詰まった。
まだ、ゴルドのことも、メドラのことも、ラハンのことも、よく知らない。
ただ手を差し伸べてくれただけだ。
でも。
「……なんとなく、だけど……この人たちなら、きっと大丈夫な気がして」
「…………」
「う、上手く言葉にできないけど、なんか……あったかいっていうか……えっと……」
か細い言葉。頼りない理屈。
それでも、ユナは目をそらさなかった。
「わたし、ただ生きてるだけはイヤなの。たしかに、ここのみんなは優しいけど……でも、どこか寂しくて。あの人たちのとこで、何かが変わるならって、そう思ったの」
神父は、静かに視線をゴルドへと移す。
「……いったい何を吹き込んだ? この子はここまで積極的に意見を言える子では無かった」
「簡単だ。それは自分で決めたから、その他に理由はあるまいて」
ゴルドは腕を組み、堂々とした口調で言った。
「改めて俺の名はゴルド。旅をしながら魔物を狩っている。ハンター業ではあるが、見ての通り腕っぷしには自信がある。この子の身の安全は保証するし、食うには困らせない」
ふと、ユナと視線が合う。
その目に、どこか頼もしさを感じてしまうのが不思議だった。
「……神父モールス。命に換えてもユナを守る。だからどうか、この子に外の世界を見せてやってはくれまいか?」
「お父さん……」
口に出してみて、自分でも驚いた。
でも――なぜだろう、すとんと胸に落ちた。
神父は深く息を吐く。
「……村を出る前に一度だけ、ここに顔を出しに来い。それが条件だ」
「了解だ」
ゴルドがにやりと笑う。ラハンとメドラも、小さくうなずいた。
「ユナ……」
「わたし、ちゃんとやる! 神父様に教えてもらったお祈りも毎日するから!」
言い切った声は、小さな身体から出たものとは思えぬほどに強く、まっすぐだった。
神父の目が、わずかに細められる。
「……行っておいで。だが気をつけろ。人の顔は、時に仮面にもなる」
「はい……!」
ユナはぺこりと頭を下げて、そっと三人のほうへ歩いていった。
その後ろ姿を見ながら、神父は椅子に沈み込み、小さくつぶやいた。
「……不思議な連中だ。だがそんな奴らにユナを託すなど、私もどうかしている」
◆
夜。ささやかな囲炉裏のそば、四人で囲んだ食卓。
「本当に、うちに来てよかったのかい?」
メドラが、焼き魚の骨を外しながら、改めてそっと尋ねた。
「うん……でも、ちょっとまだ不思議な気分。昨日まで知らなかった人たちと、一緒にご飯食べてるのって……夢みたい」
「そっか。無理してない?」
「ううん、むしろ……楽しいかも」
メドラはそっとユナの頭をなでた。
だがユナは、まだほんの少しだけ、身体を固くしていた。
それを見て、ラハンが笑う。
「時間をかければいいんだ。仲間っていうか、家族にはすぐにはなれないけど……ゆっくり近づいていけるから」
「……うん」
そのとき、ゴルドがふいに顔を上げた。
「ユナ」
「……なに?」
「お前が、俺のこと“お父さん”って呼ぶのな……その、ちょっとくすぐったくてな」
「え、あ、ダメだった?」
「いや……その、嬉しかった」
ぶっきらぼうに言って、ゴルドはそっぽを向いた。
ユナは、そんな様子にくすっと笑った。
まだ知らないことばかりだ。
でも――この人たちとなら、少しずつ、わかり合っていけるかもしれない。
◆
その夜。皆が寝静まった後。
ゴルドは、そっと寝息を立てるユナの顔を見つめていた。
「――こいつが、俺を討つ未来があるとはな。ふん、到底想像もつかん」
頭に浮かぶのは、悪魔神官の声。
『あの少女こそ、未来においてあなたを滅ぼす勇者となるのです』
(クク、冗談じゃない……)
この手で育てて、勇者の道を歩まさなければ、未来は変えられる。
魔王が勇者を育てる事で打ち砕かれる、勇者ユナという存在――
(ならせめて、俺が“お父さん”として、その運命ごと引きちぎってやる)
小さくため息をつき、毛布を直してやる。
「……おやすみ、ユナ。まずは、明日も元気に飯を食え」
闇の中、微かにユナの寝息が返ってきた。
その音は、不思議とゴルドの野心を滾らせた。