新しい家族
小さな家族の始まり
カリナ村は、山と森に囲まれた辺境の村だった。
王都から遠く離れ、訪れる者も滅多にない、静かで素朴な土地。
そんな村の外れに建つ古びた教会。その裏庭に、七歳の少女――ユナは座り込んでいた。
村は貧しく、教会では当たり前のように朝食は抜きだ。神父は「神の試練」と言って笑っていたが、ユナにはただの空腹でしかなかった。
「……天の神さま、わたしのパン返してください……」
祈りとも呪いともつかぬ言葉を呟いたとき、背後から草を踏む音がした。
「ここが、教会の庭で間違いないか?」
聞こえたのは、重く低い声。
振り返ると、陽に焼けた肌に筋骨隆々の男が立っていた。背中には布に包まれた巨大な荷を背負っている。
「……はい。ここ、教会ですけど……誰ですか?」
「我のーーーーいや、俺の名はゴルド。旅の傭兵だ。神父に話がある」
怖そうな人だ、とユナは身を引いた。
だがその後ろから現れたのは、まったく印象の違う二人だった。
ひとりは、黒髪に切れ長の目をした美女。鮮やかな赤の服を着こなし、目を細めて笑っている。
もうひとりは、やさしげで線の細い青年。地味な顔立ちだが、どこか落ち着いていて安心感があった。
「ちょっと、ゴルド、そんな怖い声で話しかけたら泣かれるわよ」
「うるさいぞメドラ。お前ような派手な女が前に出たら、それはそれで怪しまれるだろ」
「はあ? 私の包容力なめんじゃないわよ」
「……ぼ、僕は……どちらも素敵だと思います……はい……」
軽い口論に、ユナは目を丸くした。
この村にはいないタイプの人たちだ。でも――なんだか、楽しそうだった。
「……あの、みなさん、旅の人ですか?」
「うん。そうだよ。私たちは、あなたに会いに来たの」
美女――メドラがしゃがんで、ユナの目線に合わせる。やわらかい微笑みが胸に沁みた。
「え? ……わたしに?」
「そう。ユナちゃんっていうんでしょ?」
「……はい。でも、どうして……?」
すると、ゴルドが前に出て、静かに告げた。
「ここでは詳しく話せない。だが一つだけ言っておこう。……我らは、お前に“居場所”を与えるために来た」
――居場所。
それは、ユナがずっと心の中で欲しがっていた言葉だった。
「……でも、わたし、役に立たないよ。みたまんま、こんなに痩せ細ってるし、神父さまに迷惑ばっかりで……」
「大丈夫だよ、ユナちゃん」
やさしい声で言ったのは、地味な青年――ラハンだった。
「僕も昔は、誰の役にも立てないって思ってた。でも……誰かと一緒に暮らして、少しずつ、自分が変わっていったんだ」
「……ほんと?」
「うん。本当だよ。だから、焦らなくていい。ゆっくりでいいんだ」
ユナは迷った。けれど三人のまなざしに、怖さはなかった。むしろ温かくて、泣きたくなるくらいだった。
「……わたしも、一緒に行っていいの?」
三人は同時にうなずいた。
「もちろんだ」
「大歓迎よ」
「嬉しいです……!」
涙が、ぽろぽろと頬を伝った。
――こんなの、ずるいよ。
「……じゃあ、みんなのこと、好きに呼んでもいい?」
「呼ぶ? 名前を、か?」
ゴルドが不思議そうに眉をひそめた。
「うん。あの……その……」
ユナは少し恥ずかしそうに、それでも勇気を出して言った。
「……ゴルドのこと、お父さんって呼んでいい?」
一瞬、沈黙が落ちた。
筋骨隆々の魔王――ゴルドは、目をぱちくりとさせ、口をわなわなさせた。
「お、おと……っ……」
ごほん、と無理やり咳払いをして、むっつりと顔を背ける。
「勝手にしろ……」
声は低かったが、その頬はわずかに赤く染まっていた。
――照れてる?
「じゃあ、メドラはメドラお姉ちゃん! ラハンは、ラハンお兄ちゃん!」
「うふふ、いいわねえ。やっぱり見る目あるじゃないユナ。なんだかこそばゆいけど、悪くないわね」
「ぼ、僕も……お兄ちゃんか……ふふっ、がんばらなくちゃ……!」
こうしてユナは、はじめて“家族”を手に入れた。
どこか不思議で、ちょっと変で、でも間違いなく優しい――そんな三人と一緒に。
彼らの旅は、まだ始まったばかり。
けれどその出会いが、やがて世界の運命さえ変えていくことになるのだった。