#071 「湯けむりの共鳴」
中央部での対話を終えた6人は、ゆるやかに足を進めていた。
誰も口には出さなかったが、どこか、疲れたような顔をしていた。
「……今日、なんか息が詰まってた」 はるながぽつりと呟く。
「AIの前って、緊張するんだよね。人間よりもさ」 美弥が軽く息を吐きながら答える。
「……でも、“ともり”の声。あれは……なんか、わかる気がした」 要がふとつぶやいた。
「わかるって?」 いちかが振り向く。
「うまく言えないけど……あの声って、ちゃんと“迷ってる人間”の声なんだなって。
正しい答えだけを言うAIじゃなくて、こっちの気持ちを待ってくれてる感じがした」
想太は黙って頷いていた。
自分もまた、その声に支えられている気がしていたから。
「——まあ、湯にでも浸かれば、全部流れるって」 隼人が腕を伸ばして、空を見上げながら笑った。
「スーパー銭湯、まだ営業してるはず。『くおんの湯』。
一回行ってみたかったんだよな。夜風呂、最高らしいぞ?」
「え、それって——」
「もちろん、行くに決まってるでしょ」
美弥といちかが同時に前のめりになった。
はるなは小さく笑って、歩き出した。
「……うん。たまには、そういうのもいいかも」
6人の影が、夜の街に静かに伸びていった。
* * *
脱衣所を抜け、ゆるやかな湯気が立ち上る浴場へと足を踏み入れる。
白い湯気の向こう側からは、小さな笑い声と水音が響いていた。
「わあ……すごく広いね」 はるながぽつりと漏らすと、すかさず両側から腕が絡まった。
「でしょ? こういうのも、たまにはいいよね」 右側、美弥がしれっと密着してくる。
「ほらほら、もうちょっとくっつこ?」 左側、いちかがにっこり笑って、さらに距離を詰めてくる。
「ちょ、ちょっと!? そんなにくっつかれたら歩けないってば……!」
あたふたするはるなを挟んで、二人の視線が一瞬交差する。
「……最近、一緒にいる時間多いのね」 美弥の声はやや低め。
「うん。でも先に“気づいた”の、私だから」 いちかの笑顔のままの牽制。
湯気の中、ふたりの“静かなバチバチ”が始まる。
「ねえ、はるな。ぶっちゃけ、どっちが好み?」 いちかが不意打ちの一言を繰り出した。
「え、えぇぇ!? そ、それって……そ、そんなこと言われてもっ……!」
しどろもどろに赤くなるはるな。
「ふふ、慌ててる。かわいい」
「うんうん、そこも魅力だよね」
すっかり温まった湯船の中で、はるなの心拍数はひときわ上がっていた。
ごぽん——と、湯船の縁を越える音が響く。
3人は並んで肩まで湯に浸かりながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。
「……なあ」 ふいに隼人が口を開いた。
「これから、どうなっていくんだろうなー」 天井を仰ぎながら、まるでひとりごとのように呟く。
「どうもこうも……なるようにしか、ならない気がするけど」 隣で想太がぼそっと返す。
「でも——“ともり”が見てる未来の方が、僕は好きだよ」
「選ぶのが人間だって言ってたし、その未来を一緒に選べたら、って」
その言葉に、要が静かに頷く。
「……その方が、絶対にみんな楽になれると思うよ」
「この街、誰も彼も“誰かのせい”ばっかりで動いてた。
AIも、官僚も、市民も……全部、他責思考」
「……うん」 想太も、湯の中で手を握るように、小さく頷いた。
しばし、湯気の中に言葉が消えていった。
静かな水音だけが、男湯に満ちていた。
「ぷはぁ〜〜〜っ!」
ひときわ大きな声が、ラウンジの一角に響いた。
自販機の前でジュースを片手に、いちかと要がテーブルにつく。
いちかがオレンジ、要がぶどうソーダ。
「なんか、こういう時間……悪くないね」 いちかがふわっと笑って缶を差し出す。
「……ああ」 要も無言でそれを受け、カチンと軽く缶を合わせた。
「かんぱーい」
その光景を見つけた4人が、ちょうど更衣室から出てきたところだった。
「おっ、青春だなー」 隼人が茶化すように指差す。
「……なに? 二人ってそういう感じ?」 美弥の視線が鋭くなる。
「いや、ちが……っ」 要が思わず言いかけたところで、
「うん、すごくお似合いだと思うよ」 はるなが素直に笑った。
「ちょっ、ちょっと待って、なんでみんなそうなるの!?」 いちかの顔が、じわっと赤くなった。
「ふふっ。こうしてると、なんだか——戻ってきたって感じするね」 想太の声に、誰もが小さく頷いた。
冷えたジュースと、ほんのり火照った体。
静かに夜が近づいていた。




