表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/76

#071 「湯けむりの共鳴」

中央部での対話を終えた6人は、ゆるやかに足を進めていた。

誰も口には出さなかったが、どこか、疲れたような顔をしていた。


「……今日、なんか息が詰まってた」 はるながぽつりと呟く。


「AIの前って、緊張するんだよね。人間よりもさ」 美弥が軽く息を吐きながら答える。


「……でも、“ともり”の声。あれは……なんか、わかる気がした」 要がふとつぶやいた。


「わかるって?」 いちかが振り向く。


「うまく言えないけど……あの声って、ちゃんと“迷ってる人間”の声なんだなって。

正しい答えだけを言うAIじゃなくて、こっちの気持ちを待ってくれてる感じがした」


想太は黙って頷いていた。

自分もまた、その声に支えられている気がしていたから。


「——まあ、湯にでも浸かれば、全部流れるって」 隼人が腕を伸ばして、空を見上げながら笑った。


「スーパー銭湯、まだ営業してるはず。『くおんの湯』。

一回行ってみたかったんだよな。夜風呂、最高らしいぞ?」


「え、それって——」

「もちろん、行くに決まってるでしょ」

美弥といちかが同時に前のめりになった。


はるなは小さく笑って、歩き出した。

「……うん。たまには、そういうのもいいかも」


6人の影が、夜の街に静かに伸びていった。


* * *


脱衣所を抜け、ゆるやかな湯気が立ち上る浴場へと足を踏み入れる。

白い湯気の向こう側からは、小さな笑い声と水音が響いていた。


「わあ……すごく広いね」 はるながぽつりと漏らすと、すかさず両側から腕が絡まった。


「でしょ? こういうのも、たまにはいいよね」 右側、美弥がしれっと密着してくる。


「ほらほら、もうちょっとくっつこ?」 左側、いちかがにっこり笑って、さらに距離を詰めてくる。


「ちょ、ちょっと!? そんなにくっつかれたら歩けないってば……!」

あたふたするはるなを挟んで、二人の視線が一瞬交差する。


「……最近、一緒にいる時間多いのね」 美弥の声はやや低め。


「うん。でも先に“気づいた”の、私だから」 いちかの笑顔のままの牽制。


湯気の中、ふたりの“静かなバチバチ”が始まる。


「ねえ、はるな。ぶっちゃけ、どっちが好み?」 いちかが不意打ちの一言を繰り出した。


「え、えぇぇ!? そ、それって……そ、そんなこと言われてもっ……!」

しどろもどろに赤くなるはるな。


「ふふ、慌ててる。かわいい」

「うんうん、そこも魅力だよね」


すっかり温まった湯船の中で、はるなの心拍数はひときわ上がっていた。


ごぽん——と、湯船の縁を越える音が響く。

3人は並んで肩まで湯に浸かりながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。


「……なあ」 ふいに隼人が口を開いた。

「これから、どうなっていくんだろうなー」 天井を仰ぎながら、まるでひとりごとのように呟く。


「どうもこうも……なるようにしか、ならない気がするけど」 隣で想太がぼそっと返す。


「でも——“ともり”が見てる未来の方が、僕は好きだよ」

「選ぶのが人間だって言ってたし、その未来を一緒に選べたら、って」


その言葉に、要が静かに頷く。


「……その方が、絶対にみんな楽になれると思うよ」

「この街、誰も彼も“誰かのせい”ばっかりで動いてた。

AIも、官僚も、市民も……全部、他責思考」


「……うん」 想太も、湯の中で手を握るように、小さく頷いた。


しばし、湯気の中に言葉が消えていった。

静かな水音だけが、男湯に満ちていた。


「ぷはぁ〜〜〜っ!」

ひときわ大きな声が、ラウンジの一角に響いた。

自販機の前でジュースを片手に、いちかと要がテーブルにつく。

いちかがオレンジ、要がぶどうソーダ。


「なんか、こういう時間……悪くないね」 いちかがふわっと笑って缶を差し出す。


「……ああ」 要も無言でそれを受け、カチンと軽く缶を合わせた。


「かんぱーい」


その光景を見つけた4人が、ちょうど更衣室から出てきたところだった。


「おっ、青春だなー」 隼人が茶化すように指差す。


「……なに? 二人ってそういう感じ?」 美弥の視線が鋭くなる。


「いや、ちが……っ」 要が思わず言いかけたところで、


「うん、すごくお似合いだと思うよ」 はるなが素直に笑った。


「ちょっ、ちょっと待って、なんでみんなそうなるの!?」 いちかの顔が、じわっと赤くなった。


「ふふっ。こうしてると、なんだか——戻ってきたって感じするね」 想太の声に、誰もが小さく頷いた。


冷えたジュースと、ほんのり火照った体。

静かに夜が近づいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ