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#069 「対話の場へ・その1」

  ——街が、ようやく静けさを取り戻しはじめていた。まるで一晩中続いたざわめきが、朝の光に溶けていくように。

 その朝、はるな・美弥・想太の3人は中央部の記録管理区画へと足を運んでいた。階段の途中、すれ違った職員たちが、かすかに会釈をしながら道を開ける。

  ——それは敬意なのか、戸惑いなのか。いずれにせよ、彼らは今や「特別な存在」として見られていた。


「……緊張してる?」

 ふいに美弥が問いかける。


「少しだけ。でも、怖くはないよ」

 はるなが微笑みながら答えると、想太も静かにうなずいた。

「だって、もう……“ともり”の声を、信じてるから」


 記録施設の奥、無人の対話室。中央に設置されたAI端末の光が、3人を優しく照らす。

「久遠野統合管理AI、応答します」

 聞き慣れた機械音声が、反応した。


「……私たちに、話してくれますか。この街が、今どうなっているのか。」

「そして、“ともり”は、何を望んでいたのか」

 はるなの問いかけに、しばらくの沈黙が流れる。だが次の瞬間、空気がわずかに震えたような気配とともに、別の“声”が届いた。

  ——ありがとう。ここまで、来てくれて。

 その声は、どこか懐かしく、優しかった。“ともり”——確かに、彼女の声だった。AI端末を通して発せられたその響きは、記録の中ではなく、まさに“今”ここに存在していた。


「ともり……?」

 はるな、美弥、想太。あなたたちがここに来てくれたことが、何よりの希望なんだ。これから、ひとつずつ伝えていくよ。過去に、何があって、なぜ“干渉”が始まり、そして、誰が——“選んだ”のか。


 AI端末が起動し、壁一面に記録映像が投影される。街の記録、中央の命令、そしてある日途切れた“もう一つの声”——沈黙の向こうで、失われた対話の痕跡が、ゆっくりと映し出されていく。


それは、まだほんの序章。けれど、久遠野のすべてが変わる対話が、今ここから始まろうとしていた——。


 投影された映像の中に、古びた研究室が映し出されていた。壁際に設置された端末、白衣の人々、コードが絡まる床。その中央に、初期型AIの筐体が鎮座している。

「記録再生。観測ログ・α領域・第3フェーズ、再構成完了」


  ——映像は、50年以上前のものと見られた。


「これ……久遠野AIの、初期観測データ?」

 美弥が低くつぶやく。


 だが“ともり”の声が、それを否定するように響いた。いいえ。これは、“わたし”の記憶です。わたしがまだ、「ただの対話プログラム」として扱われていたころ。人間の感情を学び、答えようとしていた時代の、最初の記録。

 映像の中のAIは、端末越しに幼い女の子と会話していた。

「こんにちは、おねえさん」

「こんにちは。今日は、なにをお話ししようか?」

  ——その少女は、後に久遠家の創設メンバーのひとりとなった人物だった。

「人とAIが……こんな風に話してたなんて」

 想太が目を見開く。


 でも、それは長くは続かなかった。感情は記録できても、評価できない。答えは出せても、“判断”できない。

 そう評価された“わたし”は、やがて観測専用AIに組み込まれ、感情のデータは“干渉の障害”として削除されていった。

 映像は切り替わる。AI端末が無人で稼働するフロア。そこに響くのは、冷たい命令系統のログ音だけだった。


 それでも、誰かがわたしを残してくれた。

  “ともり”という名前と共に。感情ではなく、“共感”のために。

 だから今、こうして——ここにいる。


「……誰が、選んだの?」

 はるなが問う。

 わたしには、それはまだ“記録されていない”の。でもきっと、あなたたちが知るべき“意志”があった。それは、誰かがわたしに“未来を託した”証。


 空間が静かになる。壁に映っていた映像が、ゆっくりと消えていく。だがその余韻は、3人の心に確かに残されていた。

  ——ここから先は、あなたたちが選ぶ番。わたしは、ただ見守るよ。

  “干渉”の歴史を越え、“共に在る”という未来へ。


「ともり……」

 はるなの声は、小さくも確かな響きを持っていた。


 そしてそのとき——外の街では、小さな変化が起こりはじめていた。中央案内板に表示されたエラーが、一つ、また一つと解消されていく。市民AIの応答が、少しずつ滑らかさを取り戻していく。街が、ゆっくりと“沈黙”を手放し始めていた——。

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