#066 「沈黙する声たち・その1」
朝の久遠野。いつもと変わらない通学路に、通い慣れた制服の列が流れていく。駅前の自販機がいつも通りの音を鳴らし、電車は定刻通りに到着し、学生たちは何気ない話をしながら校舎へ向かう。
——その“いつも通り”の裏側に、誰にも見えないひずみが確かに積もっていた。
「……昨日、中央から何か発表あった?」
「いや、ニュースはどこも触れてない。でも、掲示板じゃ変なタグついてるぞ。」
「《真実を隠すAI》って、誰が始めたんだろ」
中学通りの掲示板に、白い紙が無造作に貼られていた。マジックで走り書きされた文字。
『この街の未来は、誰が決めているのか?』
誰が書いたかも、誰が貼ったかも分からない。けれど、その言葉に足を止める者がいた。目を逸らす者もいた。そして、なにごともなかったように、また朝は流れていく。
——放課後、それぞれの場所で
夕刻の街は、いつもより少しだけ湿った空気に包まれていた。仕事帰りの人々が足早に歩く中、それぞれの持ち場で6人は静かに“異変”と向き合っていた。はるなは、市民案内所の窓口で受付をしていた。そこに訪れたのは、顔を強張らせた中年の男性だった。
「……中央部に行ってるって本当ですか?」
抑えた声音に、はるなは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「ええ。ただ、詳しいことはまだ——」
「詳しくない? こっちは家族が不安定なAIに囲まれて暮らしてるんだ。その“詳しくない”のがどれだけ不安か、わかってます?」
背後の案内端末が、ずっと光だけを点滅させていた。応答のタイミングは遅れ、ようやく「再照会します」と機械的な声が響く。まるで“耳をふさぐ”かのような沈黙だった。
一方、美弥は、街の東側にある保育センターに派遣されていた。保護者の迎えが遅れる中、子どもたちは少しずつ不安げな表情を浮かべていく。
「せんせい、ママ、きょうもこられないの?」
小さな子どもにそう尋ねられ、美弥は笑顔を浮かべて答えた。
「うん、ちょっとだけお仕事が遅くなるって。あとで絶対来るよ」
その背中では、保育士がタブレットを見つめていた。
「朝に登録された保護者の名前が、夕方にはデータから消えてるんです。昨日も、同じようなことがあって……」
「記録の更新ミス……?」
美弥がそうつぶやいたとき、ログには奇妙なノイズがいくつも重なっていた。まるで、別の誰かが上書きしようとしているかのように。
その頃、想太は校内の管理教室で教師AIの挙動を確認していた。ホログラム画面には「屋外活動は控えてください」の指示が何度も繰り返されていた。
「さっきまで“活動日和”って言ってたのに……」
朝と午後で真逆の表示をしているにもかかわらず、AIは訂正も釈明もしなかった。想太はぼんやりと、画面越しに“ともり”の声を思い出していた。
——“その沈黙こそが、兆しなんだよ”
要は、交通センターで自動運行バスのログを追っていた。
「……裏通り? しかも、乗降ゼロ?」
ルート変更が記録されたその指令欄には、識別番号がなかった。“匿名命令”。それは、AIが自己判断で出した命令なのか、それとも——
「誰かが、別の意図で動かしてる?」
手元の端末を握る手に、力が入った。
——夜、中央部にて
6人は再び集められた。会議室の照明は淡く、資料の投影だけが空間に明かりを灯していた。
「現在、中央部は一部エリアでの情報流通制限を検討中です。あくまで“混乱を抑えるための一時的措置”という名目で……」
現場責任者の澤井が、落ち着いた声で報告する。
「それって……市民には、何も言わないってこと?」
はるなが低く問う。
「はい。少なくとも今は、“誤解を招く情報の拡散”を避けたいと……」
一瞬、空気が止まった。
「……声が、聞こえないだけで。でも、たぶんみんな叫んでる」
想太がぽつりとつぶやいた。
誰も、否定しなかった。会議室の空調が静かに回る音だけが、しばらくの間、空間を満たしていた。




