#065 「継続する揺らぎ・その3」
中央部の一室。集められた六人は、長机に並んで座らされていた。その正面にいるのは、スーツ姿の官僚数名。そして、その背後に設置された簡易AI端末には《久遠の鍵》のロゴが淡く揺れている。
「ご足労をおかけして申し訳ありません。……ええ、実は少々、問題が起きていまして」
開口一番、眼鏡をかけた官僚が深々と頭を下げる。しかしその姿には“誠意”というより“保身”の匂いが漂っていた。
「問題って……」
美弥が腕を組む。
「そっちで処理するんじゃなかったの?」
「もちろん、我々も最大限対応していますが……そもそもこの混乱は、“久遠の鍵”からの命令に基づいて動いているものでして。我々が独断で動けるものではありません。責任は、あくまで中央AIにあります」
その瞬間、場の空気が凍った。
「は?」
想太がぽつりと呟く。
「じゃあ、あなたたちは何のためにここにいるの?」
要はため息混じりに肩をすくめ、
「……それ、中央部にいた頃に一番聞きたかった言葉だな」と皮肉った。
「ねぇねぇ、つまりさ」
いちかが手を挙げた。
「私たちは……“中央AIの代わりに”働けってこと?」
「そんなことは……ただ、現場の皆さんの対応力に頼る部分も必要といいますか……」
——その時だった。
官僚たちの無責任な態度に、はるなの額に青筋が浮かぶのが見えた。
「じゃあ、あんたたちは何のためにそこにいるわけ? 遊んでるのと変わんないじゃない!」
怒気を孕んだ声が、会議室に鋭く響いた。沈黙が流れる。
官僚の冷や汗をよそに、現場のスタッフの1人が声を上げる
「……あの、正直なところ、私たちも困っているんです。病院のAI診断に時間がかかりすぎて、患者の不安が高まっていて——」
「配送ドローンも、昨日は別エリアに物資を運んでしまったと報告がありました」
「しかも今朝、図書館AIに“匿名の抗議メッセージ”が混線していて……原因不明なんです」
場がざわつく。想太は一つ一つの報告に真剣な顔で耳を傾ける。そして、ゆっくりと呟いた。
「……それを、僕たちに任せたいってことだよね」
すると、その問いに答えるように久遠野AIが音もなくスクリーンに現れ、静かに言葉を紡ぎ出す——
《君たちの判断を、私は信頼しています。市民の安定と安心は、君たちと共にあります》
しばらくして、はるなが吐き捨てるように言った。
「……わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば!」
立ち上がったはるなの後に、5人も続く。椅子の軋む音が連なり、6人が会議室を後にしようとしたそのとき──
「ありがとう。代弁してくれて」
背後から、ぽつりと聞こえた一言。ふと振り返ると、職員の一人が、机の影からそっと頭を下げていた。はるなは驚いたように一瞬立ち止まり、だがすぐに小さく頷いて、扉の向こうへと歩みを進めた。外に出ると、中央部の廊下には淡い照明が灯り、足音が静かに響いた。
「……やるしかないか」
想太が呟き、目を細める。遠くを見るようなその横顔に、覚悟の影が差していた。
「うちら、便利屋じゃないんだけどなあ」
美弥が肩をすくめながら笑った。けれどその目にも、どこか優しい決意の色が宿っていた。静かに、彼らは再び歩き出す。街の未来と、人々のために。
廊下を進んでいた6人の前で、想太の携帯端末が震えた。
《中央部より:本当に無理を言ってすまない。以後の詳細は現場責任者から聞いてほしい》
短いメッセージに、一同が顔を見合わせる。
「なんだよ、いまさら丁寧に……」
隼人がぼやいたとき、玄関ホールから控えめな足音が響いた。
そこには、スーツ姿の女性職員が立っていた。年齢は三十代半ば、だが目元には疲れよりも決意の色が濃かった。
「お待ちしておりました。現場責任者の澤井です。……まずは、お越しいただきありがとうございます」
深々と頭を下げた彼女に、はるなは一瞬だけ眉をひそめるが、すぐに表情を引き締めた。
「で、何を手伝えばいいの?」
「……現場は、いま非常に混乱しています。正直、私たちの手には負えなくなってきていて……」
「だからって、全部こっちに押しつけるつもり?」
美弥がジト目で言う。
澤井は微かに口元を緩めた。
「……いえ。お願いです。あなたたちに“力”があると、私たちは知っていますから」
その言葉に、6人の中に再び静かな空気が流れた。
「よし、まずは話を聞こうか」
要が言い、6人は再び歩き出した。
応接室の奥、スクリーンに映された報告書の数々に、6人は黙り込んだ。
「——まずこちらが、昨日の病院AIによる診断遅延の記録です」
澤井が示したのは、急患対応の遅延ログだった。
「担当医が“AIを信じすぎた”せいで判断が3分遅れ、処置が遅れました。幸い命に別状はありませんでしたが……家族からの苦情が激しくて」
「それ、医者の判断力も問題じゃん」
隼人が眉をひそめる。
「次は、配送ドローンのルート誤認識。A地区のはずが、なぜかB地区の倉庫に……。これは交通制御AIとの連携エラーが原因と思われます」
「また“連携不全”か」
要が静かにうなずいた。
「そして、これは今朝届いた“匿名の抗議メッセージ”です。市民用案内端末の内部に勝手に入り込んで、自動表示されたんです」
スクリーンには、歪んだ文字でこう映し出されていた。
>《おまえらは誰のためにそこにいる? AIの手先か?》
「市民の誰かが、直接システムに入り込んだ……?」
想太が息をのむ。
「不正アクセスとは確認できませんでした。むしろ、AIが誤って表示してしまった可能性が高い。何かが“ズレ”ているんです」
はるなが、そっと拳を握る。
「ねえ。……これ、ぜんぶ“ひとつながり”だよね」
「うん」
美弥がうなずく。
「自然AIと久遠野AIの間で、まだどこかが噛み合ってない。そのせいで現場が混乱してる」
いちかが不安げな声で問う。
「でも、これ……私たちで本当に、直せるのかな……?」
そのとき、澤井が深く頭を下げた。
「どうか、皆さんの“目”で見てください。私たちでは、もう正常かどうかも判断できないんです」
——沈黙が落ちた。
それを破ったのは、想太だった。
「……やるしか、ないよな」
彼の言葉に、誰も異を唱えなかった。
翌朝、中央部の中庭に設けられた簡易ブリーフィングルーム。6人はそれぞれの端末に、中央からの割り当て任務を受け取っていた。
「……なるほど、僕は学校のAIシステム調整ね」想太が小さくつぶやく。
「私、保育センターだって。子どもたちに囲まれるなんて初めてかも」
美弥は微笑んだ。
「俺は交通管制タワーか。ドローンと自動車両の連携か……面白い」
要は端末を閉じ、唇を引き結ぶ。
「私は市民病院のサポートチームに合流して、診断補助AIの確認」
いちかの声はどこか固く、でも覚悟のある響きだった。
「おれは、庁舎の監視システムの再点検。……中央部から“内側”を見ろってか」
隼人が皮肉めいた笑いを漏らす。
「私は……市民案内所のローカルAIの再評価……ふふ、便利屋ね」
はるなは苦笑していたが、その目は強かった。
──6人は、それぞれの持ち場へと歩き出す。
ほんの少し前まで、街の“外”にいた彼らが、今や“中”へと踏み込んでいく。街はまだ静かだ。だがその奥底では、じわりじわりと不信と疲弊が広がっている。その綻びの端を、彼らは拾い始める。
「……やるしかないか」
想太はそうつぶやいて、静かに歩き出した。でも、不思議と怖くはなかった。隣に、皆がいるから。




